772. 立ち止まるのに忙しい

いまここにないものをつくる力をどう定義するか

ある大きなビジネススクールでリーダーシップを定義することになり、一家言を持つ教授が70人も集まりました。激論のすえ、ビジョン、戦略、学習能力、協調性、チームの効率性、人格、心の知能指数など、具体的で包括的なモデルで合意するにいたりました。

皆が満足と爽快感を味わっていたとき、一人の教授が「本質的なことを見失っているのではないか」と発言しました。何を見落としているのかという皆の不満げな問いに答えていわく……。

ケヴィン・キャッシュマン『優れたリーダーは、なぜ「立ち止まる」のか』(英治出版、2014年)で紹介されていたエピソードです。

教授はこう言ったそうです:

「マネジャーは、いまここにあるものを改善します。(略)ところがリーダーは、いまここにあるものを超えていく、あるいは超越する。それで、私たちのモデルのどこに『超越』があるのでしょう?」
彼の洞察を噛み締めて、部屋は静まり返った。

いまここにない何かを創り出し、価値として世に問う。それがリーダーの仕事ならば、そのやり方やそれをやるための能力はこれまで成功してきたやり方とは違ったものになるはず。それらを、いったいどのようにして定義できるのか。

これに似た、矛盾めいた感覚を『クリエイティブ・チョイス』を書いているときに感じました。もし「こうやれば創造できる」という方法論があるとすれば、それは創造ではありません。

数年前に、高校生向けのキャリア教育用教材として職業カタログや適性診断を拝見する機会があったのですが、そのときも似た印象を持ちました。この教材で培われる職業観は「職業は(与えられた選択肢から)選ぶもの」であり、「職業は創り出すもの」とはならないだろうな、という印象です。

唯一の共通点は一時停止

それでも、いつの世にも、その時点において「いまここにあるもの」を飛び越えて「いまここにない何か」を創り出してきた人たちがいます。その人たちはどうやったのか。

深く考えた、瞑想した、試行錯誤した。やりかたは千差万別としても、少なくとも共通しているのは、そうやって新しい何かを生み出すための時間を取った、つまり「立ち止まった」。わたしの理解では、著者はそう主張しています。

奇しくも今年、本書に出会う前から、思うところあってアウトプットのペースを落としています。先月「急がば立ち止まれ」というノートを書いて、多少なりとも意識をしています。

立ち止まりの実践は、難しいものです。やるべきこと・やりたいことは尽きませんし、集まりに誘われて参加しないと言うと「忙しいんだね」と気を遣われてしまいます。

反射的に「いや、忙しいわけじゃないんだけど……」と答えかけて、思い直しました。立ち止まりの時間は空白の時間ではないのですから、立ち止まりの実践に忙しいと捉えればいいのだと。

そこで「ちょっと大事な(自分との)会議があるので、その日はNG」と答えました。社交上の配慮から、カッコ部分を略して。

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