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コンセプトノート

012. 良い匿名、悪い匿名

つい最近、米原万里さんの「匿名の攻撃性」というタイトルのエッセイを拝読しました。

日本でインターネットの掲示板がこれだけ流行るのは、そのせいだろう。匿名だと恐ろしく攻撃的になる。自分の顔と名前をさらすとなると、とたんに優しく丁寧になって、攻撃性を抑制する。これは結構恐い・・・・・・。

(日本経済新聞 2002年6月15日 夕刊1面より)

匿名掲示板が「荒れる」傾向があるのは確かでしょう(それが国あるいは民族の性向とどの程度結びつくかは分かりません。英語圏のYahoo!掲示板などを見てみましたが、似たようなもんでした)。

しかし荒れるだけではありません。匿名のコミュニケーションが良い方向に作用することもあります。以前私が参加していたフォーラムの一つで、そこで知り合ったカップルが結婚するという「事件」がありました。それはインターネットが商業利用される以前、いわゆるパソコン通信の時代の話ですから「事件」と呼ぶにふさわしい出来事でした。しかもその方達は結婚する前に、たしか1度しか物理的に対面したことがないのです(!)その後似たようなニュースや映画などを目にするようになり、今では事件というほど珍しい出来事ではなくなりました。海外ニュースでも見かけたことがあります。もっとも、うわべにとらわれない恋愛の話は「美女と野獣」の昔からあるわけで、ネット上の出会いだってそのバリエーションと言えなくもありません。

起-動線も匿名のコミュニティですが、極めて特色のあるコミュニティです。逆説的ですが、「個」を露出するためには匿名で参加できるコミュニティが望ましいと考えました。

まず「自分ナビ」作成プログラムで扱っている話題は極めて個人的なものですから、私のチャレンジはこれですとか、私のありたい自分はこうですなんてことは、匿名でなければなかなか言えたものではありません。またネット上では別人格になれるといいますが、全く自分のものでない「自分ナビ」を作れる人はいないと思います。そもそもお金を払ってそんなことする動機もありませんが、例え自分を偽ろうと思ってもこれほど広範囲に、かつところによっては深く自分を掘り下げるプログラムにおいて、自分のものでない原則や価値観に則ってチャレンジを考えたりはできないものです。(どなたか2つIDを取得されて挑戦してみませんか?)

今後、共同でチャレンジに取り組んだり実行動を企画する仲間であれば名乗り合ってしかるべきだとは思いますが、そういうケースを除いては、起-動線は匿名の良さを享受できる場でありたいと思っています。

※ 「自分ナビ」作成プログラムは提供を終了しています