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コンセプトノート

384. よい意志決定のための能力モデル(2)

前回は、下記のようなモデルを作ったうえで、意志決定を「変わりゆく状況と目的をおさえつつ、そのとき・その場において最善といえる行動を選択していく一連のプロセス」と定義しました(1)

 状況(刺激) → 選択 → 行動(反応) → 目的

何をもって「最善」な選択とするかについては、次の条件を挙げました。

  1. 自主的な選択
  2. 目的にかなった選択
  3. 機を逃さない選択
  4. 後悔しない選択

ここ2年間ほど、現場での見聞や書籍からの知見を材料に、そういった「よい意志決定」を支える能力について考えてきました。枠組みをできるだけシンプルに保つ観点から、やはり知・情・意の3つの基礎能力に分解するのが妥当だと考えています。

知情意の枠組みで

能力モデルなので、「力」をつけて定義します。

知力】目的に照らして合理的な手段を選択する力

辞書によれば、知能は生きのびるのための問題解決能力として定義されています。「環境に適応し、新しい問題状況に対処する知的機能」(広辞苑)といった具合です。知能が仕事上の意志決定にも欠かせない要素であることは言うまでもありませんが、ただ生きのびることを目的とすればよいというわけでもありません。選択の都度その目的を明らかにし、特定の手段と論理的につなげる能力が求められます(目的を強く意識した論理性を重視するという意味合いを込めて、定義には合理的という言葉を選びました)。

目的と手段をつなぐ論理のつくり方について、考えておくべき2つの性質があります。

一つめは、論理の客観性です。マネジャーの仕事の性質を考えると、ほとんどの場合は目的と手段をつなぐ論理が他者からみて客観的で妥当であることを担保しなければなりません。わざわざこれを明記するのは、テーマによっては、自分なりの目的に向けた、自分だけに通用する論理で行動を選択してよいものもあるだろうからです。

二つめは、論理の方向性です。通常論理的な思考力というと、目的から手段を導くために必要な力と考えられています。しかし実際にはそのような一方通行のものではありません。ある行動の結果としてあらわれた状況を見て、そこから目的の修正を図ることが必要な場合もあります。たとえば「後から振り返って“この失敗が最高の学習経験だった”といえるとしたら、目的はどのように修正されるべきか?」と発想することも必要でしょう。

情力】感情を知力のはたらきに組み入れる力

よろず「情と理の両方が大事」と言われます。これはマネジャーの意志決定についても言えることで、感情の重要性については、このコラムでもたびたび採り上げてきました(1)。「理」は先に述べた知力でまかなえるとして、よい意志決定のための「情力」は、どのように定義できるでしょうか。この目的にぴたりと合うのが、イェール大学のピーター・サロベイ教授らが提唱している感情知能理論(Emotional Intelligence Theory)です(2)

マネージャーやリーダーが共通のビジョンを創造したり、人をやる気にさせたり、社員に自信を与えるプロセスは、感情を知的に利用し、気持ちと思考を統合する必要があるというのがわれわれの持論なのである。

知能は広義の問題解決能力であるという定義を紹介しました。教授らは感情知能を、まさに感情を活用した問題解決能力、つまり (a) 感情からの情報を問題解決に活かす力と、(b) 問題解決のために感情を利用する力の2種類の能力としてとらえました。

そこから最終的に (1) 自他の感情を読み取る能力 (2) 思考やコミュニケーションにふさわしい気持ちをつくり出す能力 (3) 感情の原因や行く末を考える能力 (4) 感情に注意を払い、感情を思考に統合する能力 の4つに分けて定義しています。

意力】目的に向けて自分を動機づけ続ける力

意志決定は「変わりゆく状況と目的をおさえつつ、そのとき・その場において最善といえる行動を選択していく一連のプロセス」であると定義しました。このうち、ひとつひとつの選択をする能力は、知力と情力の組み合わせで説明できるように思えます。付け加えるべきは、そういった選択を粘り強く続ける能力で、これがまさに意力に期待するところです。

意力は、目的意識と自発性との二つの側面から考えることができます。

一つめは、根源的な目的意識を持ち、それを新鮮に保つ能力。いかに知力が高くても、目的がはっきりしなければ最善の手段を選ぶことはできません。そして目的をはっきりさせることは、きわめて個人的かつ精神的な作業です。

ベンチャー投資家のガイ・カワサキ氏は、起業とは、事業に次のような意義を見出すことにほかならないと言っています(3)

  • Increase the quality of life (生活の質を上げる)
  • Right a wrong (誤りを正す)
  • Prevent the end of something good (良いものを終わらせない)

事業の意義*ListFreak

事業の意義を持つべきなのは起業家ばかりではありません。組織で働く個人であっても、自分の仕事を通じて生活の質を上げる、誤りを正す、良いものを終わらせないといった根源的な目的意識を持たなければ、変わりゆく状況と目的を粘り強くおさえ続ける意欲を保つことはできないでしょう。
根源的な目的意識を持つことは、意力を発揮するための必要条件ではありますが、それだけでは十分ではありません。意力は能力なので、「必要に応じて目的に立ち戻って行動を選択し直す」といった具体的な行動として表れなければなりません(4)

そのうえで、みずからの自発性を引き出し、維持する力が必要です。これが意力の二つめの要素です。たとえば内発的動機づけ理論では、自発性の源を自律性・有能感・関係性への欲求だとしています(5)。こういった知識を活用し、あるいは自らの経験を活かし、自発的に意志決定に取り組める環境を整えていくことは、ひとつの能力です。

意志決定は意志そのものを定めるプロセス

わざわざこういった能力モデルを考えた背景を説明するために、いわゆる「意思決定」と、当コラムが考えている「意志決定」との違いを整理しておきます。

「意思決定」という言葉は、典型的には「特定の目標を達成するために、ある状況において複数の代替案から、最善の解を求めようとする行為」と定義されます(6)。つまり目標がすでに特定されていることが前提となっていて、ここで決定するのは「この解を選択しようという意思」だということです。今回のモデル(状況−選択−行動−目的)でいえば、1回の選択に近いものです。

しかし実務(および実生活)においては、そういった「意思決定」よりも、「特定の目標」づくりこそが難しいケースが多いのではないでしょうか。目標は、目的をはたすための一里塚として具体的に表現される到達イメージですから、「特定の目標」があるということは「特定の目的」があることを意味しています。ところがこれまで述べてきたように、目的を明確にし、それに焦点を当て続けることこそが困難なのです。

前回・今回を通じて強調したいのは、目的と手段の動的な関係性です。最善の手段は、目的によって変わります。しかし目的は、固定されたものでもなければ、誰かから与えられるものでもありません。さらに、われわれの選択自身が、目的に影響を与えていきます。

そのような、選択(意思決定)を積み重ねながら目的を追いかけていくプロセスは、文字通り意志そのものを定めようとする行為です。そこで「意志決定」という字を当てています。


(1) 「よい意志決定のための能力モデル(1)
(2) デイビッド・R・カルーソ、ピーター・サロベイ 『EQマネージャー』(東洋経済新報社、2004年)
(3) Guy Kawasaki, “Make Meaning in Your Company” (Stanford’s Entrepreneurship Corner)
(4) 「繰り返し語らうという意志決定スタイル
(5) 「自発性の源
(6) 意思決定 (Wikipedia)