その言葉を、どんな感情で述べているのか
あなたが上司だとします。成績が低迷している部下にメールでアドバイスをしたところ、怒りの言葉に満ちたメールが返ってきてしまいました。
「言葉だけでは伝わらないものがあるから、そういう微妙な用件は会って話したほうがいい」と思いますよね。このとき、具体的には何が伝わっていないのでしょうか。
メールで伝わりづらく対面で伝わりやすいのは、感情です。感情を扱う諸能力を定義するEI(EQ)理論を支えるアイディアの一つは「感情は(客観的で観測可能な)情報である」というものです(参考: 「EQの六つの基本原則」)。感情は顔の表情を含めた身体反応を伴いますので、他者が観察可能です(すべてではありませんし、他者の感情を識別する能力には差があります)。表情を装おうとしても1/20秒くらいの短い時間に感情が表れてしまうそうで、これは微表情(Microexpression – Wikipedia)と呼ばれています(参考:「スキルとしての感情マネジメント」)
さらに、対面で話してもなお伝わりづらいものがあります。それは意図や欲求といったものです。たとえば冒頭の例でいえば、あなたの指摘によって部下が怒ったという感情は、表情を観察すれば分かるでしょう(繰り返しますが、感情の識別能力には差があります)。
しかし「なぜ」彼が怒っているのか、彼の意図や欲求は、観察からだけでは分かりません。
その言葉をその感情で述べる意図はなにか
ふつうは、何か原因があって感情が起きると考えます。たとえば部下は、成績の低迷を補うような貢献(新人の育成をやっていたなど)が見落とされたと思い、カッと来たのかもしれません。
この流れを原因論とすると、目的論という逆の解釈もあります。何かの意図が先にあって、その意図を実現するために(本人はそれと意識しないまま)感情を呼び起こしているということです。たとえば、部下は会社を辞めたいと思っていました。「辞めてやる!」と言うきっかけを探していたのです。そこに、上司たるあなたから成績の低迷を指摘された。別の状況だったら素直に反省するかもしれませんが、自分の辞職を正当化する理由を探していた部下はそれを悪意に解釈して「理不尽な譴責を受けた!辞めてやる!」と、怒りの情動をつくり出したということです。
感情は刺激に対する自動的・受動的な反応として起きる(原因論)のか。隠れた意図や欲求を満たすようにつくり出される(目的論)のか。まあ、どちらもあり得るでしょう。どちらにせよ、感情の背後には意図や欲求があります。感情が受動的に起こったと解釈した前者のケースでも、やはり部下なりの意図あるいは欲求がありました。それは「定量的な成績だけでなく、定性的な貢献もきちんと見て評価して欲しい」といったものでしょう。
- 相手はどんな言葉を発しているのか。
- その言葉をどんな感情で述べているのか。
- その言葉をその感情で伝えてくる理由は何か。相手はどのような意図や欲求を満たそうとしているのか。
ていねいなコミュニケーションをしようと思うならば、あたかも玉ねぎの皮をむくがごとく、観察できる部分から中心部へと考える必要があるということです。
このコミュニケーションの玉ねぎモデルは、もちろん相手から見た自分についても当てはまります。自分の意図は、それを表面に出さない限り、相手には伝わりません。伝わらないといっても、何も伝わらないという意味ではなく、間違って伝わってしまうという意味です。なぜならわれわれはつねに言外の感情や意図を(勝手に)読み取ってしまいますので。
こういった構造は、コミュニケーションの専門家であれば経験的につかんでいることです。弁護士のトーマ・ダンサンブールは、コミュニケーションのステップを次のように定義しています。
- 【観察】今、自分(相手)がどんな状態なのか、頭で理解する
- 【感情】観察の結果、自分(相手)がどんな感情を持っているか認識する
- 【欲求】その感情の結果、自分(相手)が何をしたいか、何をして欲しいのか、欲求をつきとめる
- 【要求】その欲求をもとに、自分(相手)の要求を具体的な形で相手に伝える(伝えてもらう)
コミュニケーションの4つの要素 – *ListFreak
「仕事のポートフォリオ」には「研究活動」という仕事があります。2009年の最後のノート(「EQの六つの基本原則」)で、2010年は感情知能を研究テーマとしたいと書きました。研究といっても、わたしの場合は実験をしたり学会発表をしたりということではなく、先人の成果を吸収して、個人の意志決定支援に活かす(人財開発プログラムの開発につなげる)ということです。
2011年はこれに加えて「意欲」や「動機」について学び、「知・情・意」に目配りの届いた研修プログラム等を作っていきたいと考えています。