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コンセプトノート

749. まとっているもの、背負っているもの、抱えているもの

不合理な相手

ここのところ交渉のトレーニングが続きました。交渉のスキルを学んだ参加者は、そういったスキルが通用しない「不合理な相手」へと関心を移します。

論理的には妥結すべき状況なのに首を縦に振らない取引先、毎回言ってくることが違う顧客、そういった「不合理な相手」とどう交渉すればいいのか。そういった話題になります。

実際問題としては相手が精神を病まれていたり、ハラスメント事案として対処すべきであったり、いろいろなケースがありますが、今回は「相手も自分と同程度の合理性をもっているのに、何らかの理由で不合理に見える振る舞いをしている」と仮定して、相手の言動や感情の奥にある、意識的あるいは無意識的な意図や欲求を考えてみます(参考:「コミュニケーションの玉ねぎ」)。

※ 感覚値ながら、この仮定が9割以上の「不合理な相手」に当てはまると思います。というのは、毎回「不合理な相手」の話になるので。世の中が不合理な人で溢れているというよりは、お互いが限られた合理性の窓から相手の合理性を評価している、要するに「お互いさま」な状況なのではないかと。

相手の言動・感情の奥にある欲求を理解する

クリス・ヴォスは 『逆転交渉術 まずは「ノー」を引き出せ』(早川書房、2018年)で、次のように述べています。

交渉は驚くほど高い割合で、金銭とはべつの要素が決め手になっている。そこには自尊心や地位、自立性といった、金の問題ではない欲求がかかわっている場合が多い。

クリス・ヴォスは 『逆転交渉術 まずは「ノー」を引き出せ』(早川書房、2018年)

金銭を、広く「交渉項目」と置き換えてもよいと思います。交渉は、価格・納期・性能・処遇など、交渉項目の損得だけで決まるものではないということです。

ヴォスが言う「金の問題ではない欲求」は、すでに10年以上前に、現代の交渉理論を事実上確立したフィッシャーらによって「核心的欲求」としてリストアップされています。

  • 価値理解(Appreciation) ― 自分の考え方、思い、行動によい点があると認められること
  • つながり(Affiliation) ― 仲間として扱われること
  • 自律性(Autonomy) ― 相手が自分の意思決定の自由を尊重してくれること
  • ステータス(Status) ― 自分の置かれた位置が、それにふさわしいものとして認められること
  • 役割(Role) ― 自分の役割とその活動内容が、満足できるものとして定義されていること

交渉時に意識すべき5つの核心的欲求*ListFreak

まとっているもの、背負っているもの、抱えているもの

しかし残念ながら、わたし自身このリストをうまく使えていません。準備段階ではともかく、交渉や難しい話し合いの現場で思い出すには、もっと平易で自分の語彙にある言葉でないと難しいようです。

交渉の障害を取り除き、建設的に進めるために知るべき相手の背景には、どんなものがあるか。多くの参加者から話を聞いてリストアップしていくうちに、3つくらいのカテゴリが見えてきました。

一つめは【まとっているもの】。身についている交渉のスタイルやクセ、思い込みです。誰しも、性格などの生得的な反応特性に加えて、経験によって「交渉とはこういうもの」という概念を築いています。それが攻撃的な競争スタイル、防御的な受容スタイル、取引的な妥協スタイルなどさまざまな交渉スタイルとなって現れます。

価値創造に必要な情報共有を一切遮断してくる交渉者は、交渉は勝つか負けるかの二択だと思っているのかもしれません。

二つめは【背負っているもの】。他者から課された制約や、他者のために負けられないといった使命感です。

一見不合理に見える主張を崩さない担当者は、上司から絶対に譲歩するなと厳命されているのかもしれません。自分には不利益となる主張を敢えてしてくる交渉者は、自分ではない誰かの利益や崇高な目的のために戦おうとしているのかもしれません。

三つめは【抱えているもの】。他者ではなく当人が抱えていて、相手に開示されない意図や欲求です。

長期的な関係性を損ねてでも目の前の交渉に勝つために汚い戦術を使ってくる担当者は、この交渉の成果に来期の昇進がかかっているのかもしれません。これは本人が意識しているとはかぎりません。出世のために汚い戦術を使うなど自尊心が許さないと思っても、無意識のうちにそういった言動が出てくる可能性もあります。

相手の方が、肌身にまとっている・背中に背負っている・胸に抱えている(かもしれない)ものは、何か。このメタファーであれば、現場で相手の背景を理解するために使えそうです。厳しい交渉の予定はありませんが、商談などの場で意識してみようと思います。