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知・情・意の神経心理学


ミニレビュー

こころを知・情・意に分け、現在何がどこまで分かっているか、筆者はどのようにこころが進化してきたと考えているかを解説した本。

知りたいことがギュッと詰まっていて、嬉しい本でした。個人的には知・情・意の各論で述べられていることが勉強になったのですが、ここではそれらの解説の次の章「こころの話」から引用しながら、本書のまとめの部分を紹介します。

まず、こころの構成から。筆者は次のように定義します。
『こころは個体の主観現象の総体であって、瀰漫性の経験(情)と心像性の経験(知)と行動制御の心理経験(意)から成り立っている。』
瀰漫(びまん)性というのは、「拡散した、一様に広がった」という意味。心像(しんぞう)は、「意識が対象化できるもので、カタチとして捉えることが出来る、あるいは捕えられなくても捕らえられそうな気がするもの」です。カタチと片仮名になっているのは、これが視覚的なイメージだけを指しているわけではないことを意味しています。嗅覚や聴覚などの知覚が生み出す心像(知覚心像)に加えて、超知覚心像(複数の知覚心像が合わさって生じる、観念としての心像)、言語心像、記憶心像の3つが定義されています。

そのこころがある方向に向かう、つまり意志を持つとはどういうことなのか。

引用:

 

まず、感情が発生し、その上に心像が生成し、その心像を操って、目的性のある意志が立ち上がる。つまり、知・情・意なのだが、発生順に並べると情→知→意である。意識が働くと、こころの動きが自覚(経験)される。この経験のもっとも基底にあるのが感情である。ほとんどの感情はあいまいなこころの動きとしてしか経験されない。感情を背景に輪郭を持つ経験(心像)が立ち上がる。意はこれらの心像をまとめてこころをひとつの方向に向かわせる。

まとめの部分だけ取り出してみると難解に感じられるかもしれません。しかしこれに先立つ章で、筆者の主張を理解するために知るべき必要最低限の情報が手際よく整理されています。