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生きるための経済学―〈選択の自由〉からの脱却


ミニレビュー

序章に、魅力的な目標が掲げられています。

引用:

 

本書では、経済学がその前提の上で展開する精級な議論をとり扱うのではなく、その前提そのものについての議論を展開する。それは経済学の批判にとどまるものではなく、現代社会を生きる私たちの「生きづらさ」の正体に迫ろうとするものである。自分たちを守る鎧だと思っているものが、拘束衣にはかならないことを示し、本来的に生きるための手助けとなる、そのような経済学にたど
りつきたいと思う。(p21)

残念ながら「そのような経済学」にたどりついてはいませんが、しかしとても有益な本でした。

難しい話を、何とかかいつまんでみます。著者はまず市場経済理論(を研究する西欧の経済学)の根底に「選択の自由」への希求があると論じます。しかし、この「選択の自由」がくせ者。現実の世界では選択肢が多すぎて最適な選択ができないこと(計算量爆発)と、ある原因と結果の関係が簡単には掴めないこと(非線形性)から、「選択の自由」を行使しようと思ってもできないのです。

そのあたりを突き詰めて考えていたのが、エーリッヒ・フロムとマイケル・ポラニー。著者は彼らの考察に寄りかかりながら、終章で以下のような結論に達します。

引用:

 

 真にこの牢獄から抜け出すには、私たちは自らの身体の持つ「創発」する力を信じる必要がある。この力は生命の持つ、生きるためのダイナミクスでもある。このダイナミクスを信じ、そのままに生き、望む方向にそれを展開させ、成長させるとき、人間は積極的な意味で「自由」たりうる。(p229)

……これだけでは抽象的でよく分かりませんね。書籍では「創発」の意味するところや「積極的な意味での自由」について紙面を割いています。とはいえ、私のような平均的な読者にも十分に分かるように噛み砕かれた議論があるかといえば、まだそこまで完成されていません。著者にまとまったメッセージがあってそれを訴えたかったと言うよりは、この本を書きながら考えをまとめることが著者にとって必要だったという印象を持ちました。

少なくとも、着想や引用される文献が刺激的で、とても面白く読みました。ぜひ続編を待ちたいと思います。