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苔のむすまで

  • タイトル:苔のむすまで
  • 著者:杉本 博司(著)
  • 出版社:新潮社
  • 出版日:2005-08-24

ミニレビュー

美術作家 杉本博司さん初の評論集。美しい写真とともに16の評論が収められています。

森美術館(東京)の「時間の終わり」という展覧会で初めて杉本博司さんのお名前を知りました。結局展覧会には行けずじまいだったのですが、そんなインプットがあったものですから、つい手にとってしまいました。

たとえば冒頭の「人にはどれだけの土地がいるか」という文章。2001年9月11日、ワールド・トレード・センターが崩れ落ちる瞬間を仕事場から見た著者は、それを平安時代に大火を描写した鴨長明への文章へと結びつけ、さらに方丈跡(鴨長明が住んでいた四畳半程の石畳)を訪ねた思い出をたどります。そして小さな土地と言えば…ワールド・トレード・センターがあったマンハッタン島がわずか1マイル四方であると指摘して、こう結びます。

引用:

 

 鴨長明には方丈が必要だった。世界の資本は1マイル四方のマンハッタン島で足りた。インディアンから土地を買った男には、墓穴だけが必要だった。果たしてあなたには、どれだけの土地が必要だろうか。(p18)

これほど読ませる文章を書かれる方の、これが初めての本とは。

引用:

 

 私はこの年になるまで自分が文章を書く人間である、などとは露ほどにも思ったことがなかった。私はただひたすら、眼で追うことの出来る形と色を探し求めてきた。たとえそれがモノクロームの写真であろうと、その漆黒の階調のなかには無際限の色が潜んでいるように、私には思われたからだ。

あとがきには右のようにありますが、とても静かで確かな、達人の文章です。圧倒されるほどの博識を披露しつつ、嫌みなところや難解なところの微塵もありません。

引用:

 

本当に理解した人というのは、難解な内容のことでも簡単な日常の言葉で説明できるものなのだ。分かっていない人ほど難しい言葉を使う。(p129)