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コンセプトノート

418. 眠気を催す話

学習と目標設定の心得……?

予約した本を受け取りに、図書館に行きました。少し離れたところに廃棄する本が並べられていて、持ち帰りが許されています。覗かずには帰れません。覗いてしまえば立ち読み状態となり、ついには何冊かを持ち帰ることになります。捨てられゆく本を惜しむ収集家の気持ちと、どうせ廃棄予定なのだから一読して捨てればいいやという実用主義者の気持ちを、いつも両方味わいます。

以下は、そうやって出合った本からの引用です。たとえば「4つの柱」というリストがありました。何の柱か、分かりますか?

  • 【リラックス】 「緊張しているのがふつう」になっている人は多い。肉体を完全にリラックスさせることが重要だ。
  • 【参加】 「してもらう」と考えるのは大きな間違いだ。「する」のは本人の意識と本人の肉体なのだ。
  • 【集中】 顕在意識はつねにふらふらと漂って、ひとつのことに集中できない。精神のリラックスにより集中力が高まる。
  • 【想像力】 自分のゴールをイメージすることができれば、それがゴールを達成する原動力になる。

あたかも「効果的な学習の柱」のようですよね。肉体と精神という言葉があるので、学習のなかでもスポーツの習得をイメージさせます。

もうひとつ、ゴールをイメージするための文章のつくり方についてのリストもありました。

  • 【肯定文で肯定的に】 ○○は命令ではなく、説得力のある提案である
  • 【具体的に】 鮮明なイメージがわくような言葉、感情や気分が高揚するような言葉が望ましい
  • 【現実的に】 他人は変えられない。本人の内面の変化を誘う、現実味のあるゴールを設定する
  • 【くりかえす】 ○○を強化し定着させるために、文章(少しずつ変えてもいい)をくりかえす
  • 【現在形で】 望ましいゴールがすでに達成されたように語りかける文章を用いる

○○=目標とすれば、これはよく見かける類のリストになりますが、目標ではありません。

引用元は『あなたにもできるヒプノセラピー―催眠療法』という本です。前者は「自己催眠の4つの柱」として、後者は「暗示文章5つのルール」として、それぞれまとめられていたものです(したがって後者の○○は「暗示」です)。

催眠療法というと他人に何かを操作されるイメージを持っていたのですが、ぱらぱらとページをめくってみると、以前に読んで面白かったエミール・クーエの『自己暗示』が引かれていたりしたので、全文読もうと決めたのでした。

上手に思いこむためには、特別な場を作るべし

(自己)催眠を敢えてひと言で要約するなら、「思いこむ技術」となるでしょうか。ある思いを、単に理解しているというレベルでなく「思いこむ」ところまで持っていくことが技術的に可能なのだという主張とまとめてよいように思えます。

読んでみると、いま引用したような「別のところで経験したな・読んだな」という話がいくつか見つかりました。

たとえば「自己催眠の4つの柱」は、前述したように学習に集中できている状態を表現したリストと見まがうばかりです。逆を考えてみれば分かりやすいでしょう。たとえば研修の場で、顔や体がこわばっている(リラックスの欠如)、受動的(参加の欠如)、心ここにあらず(集中の欠如)、やらされ感ありあり(想像力の欠如)、といった状態では、学べるものも学べません。学び上手な人は、自己催眠が上手ということなのでしょうか。

意識して自分の感情をそのように持っていけるのは感情知能のひとつ(感情の利用)とされていますが、一方で抑制しなければならない能力もあるようです。

 自分の感情を分析しはじめると、感情的な強烈さが失せてしまうのに気づく。自分の感情に意識的であるとき、あなたはコントロールのたづなを握っているのだ。つまり自分で自分を管理している。

引用文の前後を含めて解説すれば、感情の分析は自己催眠にとっては好ましくないものということです。感情に意識を向けたり感情を分析する力もまた感情知能の一部(感情の識別・理解)なのですが、自分の潜在意識にまでアクセスしようというときには、それらを発揮することは望ましくないらしいです。

それもまた頷ける話ですが、普段の仕事や生活の場では、たづなを手放すわけにもいきません。ではどうするか。

特別な場を設ければよく、それはわれわれが自然に選択していることでもあります。たとえば、個人レベルでは、自分の目標を考えたり見直すときには、独りになる時間をつくる人が多いと思います。組織レベルでは、研修がそれにあたるでしょう。学習を目的とした研修の場合は、冒頭でリスクフリー(何を言ってもOK、評価とは関連づけられない)であることが確認されます。もちろん本書で述べられているような「催眠」状態には入れませんし、それを目的にすべきとも思えませんが、研修の目的が学習や成長、意識の変容といったことにあるならば、「思いこむ技術」を活用しない手はありません。

というわけで催眠という技法はなかなか使えそうです。図書館から持ち帰ったこの本も、しばらくは書棚に置かれることになりそうです。難点はこの催眠という言葉に染みついたイメージにあります。催眠というと、眠気を催すという言葉通り「あなたはだんだん眠くな〜る」というシーンばかりが思い起こされてしまいます。