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コンセプトノート

626. 未来と現在の輪を重ねる

未来の自分をどう見ているかで金融資産が予測できる

スタンフォード大学の研究者による面白い実験を読みました(1)。簡単に紹介します。

重なり具合の異なる二つの円のペアが、7組並んでいます。一番左は「◯◯」のようにまったく重なっておらず、一番右は8割がた重なっています。いずれのペアも、左の円には「現在の自分」、右の円には「未来の自分」と書かれています。次行のようなイメージです。

現在の自分◯◯未来の自分 ・ ・ ・ ・ ・ 現在の自分◯未来の自分

さて、成人155人の被験者は、現在の自分と未来(10年後)の自分がどれくらい似ている/つながっていると思うか、7組のペアから1つを選びます。10年後の自分は現在とは似ても似つかない/つながっていないと思う人ほど左側のペアを、似ている/つながっていると思う人ほど右側のペアを、選ぶことになります。その回答と彼らの金融資産との間に相関が見つかりました。どちらを選んだ方がお金持ちだったと思いますか?

答えは右側。10年後の自分は現在と似ている/つながっていると思う人のほうが金融資産額が高い傾向にあったそうです。研究者がこの実験で検証しようとしていたのは「未来の自分と現在の自分に類似性/つながりを感じている人のほうが、自分の将来のために蓄財をするだろう」という仮説です。実験はそれを裏付ける結果となりました。

「ビッグになりたい」だけでは……

これは、ジョン・D・メイヤー教授の “Personal Intelligence: The Power of Personality and How It Shapes Our Lives” で見つけた研究です(2) (3)。教授は「未来の自分と現在の自分を同一視している割合が高いほど、長期的な実り(ペイオフ)を念頭に置いて人生を計画していた。」としてこの結果を紹介しています。

いろいろ反論が浮かんできました。たとえば、自分はこんなものじゃない、爆発的に成長してやると思っている人は左側(◯◯)を選ぶでしょう。その人が先を見据えて蓄財に励んでもおかしくないと思います。逆に、もうなりたい自分になってしまった、人生が見えてしまったという人は右側(◯)を選ぶでしょう。その人はもう長期展望を持たず、刹那的に使ってしまうのではないでしょうか。

メイヤー教授はこのように解説を添えています。

 理論的には、想像力の及ぶかぎりどのような将来像でも描ける。しかし空想的な、気まぐれな、希望的な将来像は、ブレインストーミングの役にしか立たないだろう。現実的な将来像を特定するには、人格的知能が必要なのである。合理的に考えれば、将来の自己像は、現在のパーソナリティ、今後予測される環境変化、そして現実的にそうなりたいと思える人物を合わせてイメージされるべきである。

ひらたく言えば、ただ「ビッグになりたい」と思っているだけではどこにも進めない、まずは自分をよく知り、到達可能な未来とつなげなさい、ということでしょう。

未来と現在の輪を重ねる

論文を少し拡大解釈すれば、将来の自己像を現在からつなげて具体的に描いている人は、その将来のために目の前の報酬を先延ばしできる、つまり自制心を発揮できるともいえるでしょう。自制心といえばマシュマロ実験 (Wikipedia) が有名ですが、このときは「将来」が数十分の単位だったので、目の前の報酬をがまんするために気を散らすことができれば十分でした。しかし10年先のために自制心を発揮するには、目の前の誘惑から目をそらす以上の何かが必要です。

その回答の一つが、冒頭に紹介した実験における「輪を重ねる」こと。つまり将来の自己像と現在の自己像の間につながりを見出すことなのでしょう。


(1) Ersner-Hershfield, Hal, et al. “Don’t stop thinking about tomorrow: Individual differences in future self-continuity account for saving.” Judgment and Decision Making 4.4 (2009): 280. ただし結果の解釈はメイヤー教授の著書によりかかっています。

(2) このノートで引用した範囲の文章は、 “How to Plan for Your Future Self” (Scientific American) に転載されているのでお読みになれます。

(3) 参考:「人格的知能(Personal Intelligence)