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コンセプトノート

769. 急がば止まれ

急がば立ち止まれ

私たちは忙しく仕事に追われすぎて、自分の内外に隠された価値創造の源泉に気づけずにいる。スマートフォンに縛られて、複雑なものを整理したり、奥に潜む目的意識に目を向ける充分な時間がとれないでいる。すぐに目的のものを得ようとする性急な現代では、どこにでも行けるが、どこにもたどり着かない。すさまじいスピードについていくのがやっとで、革新のために立ち止まる、ということがほとんどない。

ケヴィン・キャッシュマン 『優れたリーダーは、なぜ「立ち止まる」のか 』 (英治出版、2014年)

優れたリーダーは、なぜ「立ち止まる」のか ― 自分と周囲の潜在能力を引き出す法則』(ケヴィン・キャッシュマン、英治出版、2014年)を読みました。”The Pause Principle: Step Back to Lead Forward” という素敵な原題です。『立ち止まりの法則 ― 進むために退く』 とでも訳せましょうか。

本書のメッセージは冒頭に置かれた献辞に凝縮されています。

素早く処理をするマネジメントから
意義深さと革新をもたらすリーダーシップへ転換しようとする
すべてのリーダーに捧ぐ

「素早く処理をするマネジメント」から「意義深さと革新をもたらすリーダーシップ」への転換。いわば、量から質への転換です。その転換を図るために必要な「立ち止まり」とは、具体的にはどういうことか。立ち止まりがどう転換につながるのか。

「立ち止まる」とは、自分に対しても他者に対しても意識的に一歩引くプロセスのことである。それは、真正さや、目的意識や、献身性を伴って先へ進むことを可能にする。

 この価値創造の力を駆使することで、より詳細な分析、より高次の論理展開、合理的な分析、より深く問いかけること、より深く耳を傾けること、人間性の向上、より広い視野の獲得が可能になり、さまざまな考え方や情報に対してよりオープンになる。そして結果的に、よりインパクトや影響力のあるイノベーティブな行動につながっていく。

 立ち止まることは逆説的に、目的を持ったパフォーマンスを強化する。

同上

「急がば回れ」ならぬ「急がば立ち止まれ」ですね。

立ち止まりは、なぜ難しいのか

しかし、それほど重要かつ効果的であるにもかかわらず、立ち止まることは難しい。著者は長年の経験から次のように述べています。

多くのリーダーは、特に生産性が高くやり手であればあるほど、「パフォーマンスを向上させるために立ち止まる」という考え方にDNAレベルで拒否反応を示す。

DNAレベル、というのは強烈ですね。立ち止まることは本能に反する行為ということでしょう。

考えてみると、わたしの仕事はお客様が「立ち止まってくれること」に依存しています。たとえばリーダーの皆さんに過去の経験を振り返ったり組織の未来を考えたりしてもらうことがありますが、これらはいったん日常業務から離れる、つまり立ち止まらなければうまくできない作業です。

ところが実際には、セッションの開始時点ですでに気もそぞろだったり、せっかく立ち止まりかけても休憩時間に読んだメールのせいで一気に仕事モードに戻ってしまったりと、ゆったりかまえて専心できる人はそう多くありません。

どうすれば立ち止まれるのか

では、どうすればよいのか。

何より、立ち止まることの意義をしっかり理解してもらわねばなりません。これまでなんとなく「今日はこれに集中しよう」と言ってはいましたが、立ち止まることがパフォーマンスを強化するという逆説をわたし自身よく納得し、その重要性を伝えるべきと思いました。

そこで過去に何らか「量から質への転換」めいた気づきがあった瞬間を思い出してみました。大きなプロジェクトが終わったときのような仕事の区切り、失敗をしたときのような手を止めて振り返らざるを得ない瞬間、さらには何らかの用事や病気などで強制的に仕事から離れざるを得なかったときなど、意図したわけではないにせよ、やはり立ち止まったタイミングで気づきが生まれてきていたように思います。

それはそうですよね。成果に向けて没頭しているときには、仮に転換の最中にあったとしても、それに気づく余裕はありません。前回みた経験学習のサイクルが示すとおり、経験をわが身に再現し、省察し、解釈する時間が必要なのは明らかです。

次の機会までに、多くの人が「たしかに、いったん立ち止まることって大事だな」と感じ取れるような短いメッセージやエピソードを探しておこうと思います。