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コンセプトノート

085. 後悔を最小化するという理論

最近、偶然にも「後悔最小化」という言葉がまったく意味の違う文脈で使われているシーンに出くわしました。

■Bezos氏の「後悔最小化理論」
下記は2000年7月のBusinessWeek誌の記事からの引用です。Amazon.comを立ち上げたJeff Bezos氏が、1994年に彼がウォール街でのキャリアを捨てて、Amazonを立ち上げる決意をしたときのエピソードです。

“I developed a theory I call, ‘Regret minimization,'” Bezos told me. “I asked myself, ‘When I’m 80 years old and look back on this, will I regret having given up an almost certain multimillion-dollar bonus to go out and start my own company?'”

ベゾスは
「『後悔最小化理論』というのを作ったんだ。」
と語った。
「自分自身に聞いてみたんだ。
『80歳になった自分が過去を振り返ったとき、数億円のボーナスを蹴って自分の会社を立ち上げようとしたことを、後悔するだろうか?』」

“How I Learned to Stop Worrying and Love Dale Carnegie”

なぜこんな記事を探していたかといいますと、わたし自身の最初の転職を振り返ったときに思い出すエピソードとして、こんなことを方々で語ってきたんです:

あるとき、同僚のマネージャーがベンチャーに移ることにしたというので、彼が持ち物を片づけている隣であれこれ話をしていたときに、こんなことを言うんですね。「自分はこのまま会社に残ってもやっていけるだろうし、そこそこお金持ちになると思う。でも、この時代に、この場所に生きていて、もし何も挑戦せずにその場にとどまったとしたら、自分が80になったときに、きっと後悔すると思う」と、そう言うわけですよ。ゴールドラッシュ以来のなんとか革命というのが起きていると言われる状況下でしたから、そういう考え方の人はけっして少なくなかったと思います。

(起-動線的人々「天職を探せ(koji)」)

最近あるblogでBezos氏の発言としてこれが語られているのを読んで、アレッと思って検索したというわけです。上の雑誌記事によると、記者がその話を聞いたのが1999年の初め。わたしが同僚から同じ話を聞いたのが同年12月くらいだと思いますから、どうやらBezos氏の受け売りに感銘して転職を決意したことになります。なんてかっこいいこと言う奴なんだと思って今まで一目置いていたんですが、ちょっと複雑な気分(笑)。

■同じ「後悔最小化」でも…
さらに今週、同じ「後悔最小化」という言葉を別の本に発見しました。

それは先日行った「1万円の本選び」というプレゼント企画でnfujishimaさんが選んでくださった『行動ファイナンス―金融市場と投資家心理のパズル』です。

私たちの現実の意思決定では、標準ファイナンスが想定する期待効用最大化という決定原理よりも、将来後悔することになるのを避けたいという後悔回避(regret aversion)原理が大きな影響を及ぼす。

つまり人間は決断に際して「後悔」を回避する傾向がとても強いので、下の2つの方策が採られがちであると述べています。

  • 決定の責任をほかのだれかに移転する
  • 「慎重な」意思決定を標準的な社会的、法規的規範に従って行う(ルールに従っていれば責任は小さくなる)

そして各種の委員会制度、新議会制度が決定の責任を曖昧にするのに役立っていると指摘しています。

委員会制度は(略)、官と民とを問わず、この日本のパブリックな社会では無敵の後悔最小化システムとして機能しているように思われる。

■2つの「後悔最小化ロジック」の違い
さて、Bezos流の「後悔最小化理論(Regret Minimization Theory)」とこの本で紹介されている「後悔回避(Regret Aversion)原理」はまったく正反対のように思えます。

前者は大きな決断を促すために使われ、後者は決断の責任を曖昧にするために使われます。

実は、両者の決断は性質が違うのです。
前者は「長期的」な決断であり、過去「しなかったこと」に対する後悔、
後者は「短期的」な決断であり、将来「して失敗すること」に対する後悔の先取り、
なんですね。

『行動ファイナンス』では、この分野の研究者ベルスキーとギロヴィッチの成果から、以下のような引用をしています。

いままで取り上げてきた後悔は、何かをしたことの後悔であった。しかし、人は長期的には「ああしておけばよかった!」というように何かをしなかったことを後悔する、というのである。「人々は短期的には失敗した行為のほうに強い後悔の念を覚えるが、長期的にはやらなかったことを悔やんで心を痛めることがわかる。こうした事実はマーク・トウェインの次の格言を裏付ける。『20年たてば、したことよりもしなかったことを嘆くようになる。』」

■「自分ナビ」作成プログラムでは
この2つの「後悔」は、目の前の決断に対しては逆向きに作用します。
「挑戦しても、失敗するかも…」と思えば足がすくみますし、
「80歳の自分はどう思う?」と考えれば「今やらなきゃ!」という気になります。

このブレンドをどう配分するかが意志決定のポイントになるわけです。
迷ったとき、自分の不安の正体をこんな切り口で考えてみると整理できるのではないでしょうか。

ちなみに「自分ナビ」作成プログラムでは、大きなシナリオを書く点ではBezos式の「後悔最小化」のロジックに則っています。
しかし同時に9つの視点からシナリオを細分化して、不安を洗い出し、
それぞれに対するアクションを考えられるようにしてありますので、
失敗に対する不安も最小化できるような設計になっています。