世界幸福白書2015
“World Happiness Report 2015“というレポートの存在を知りました。『世界幸福白書2015』と訳すべきでしょうか。著者らは The Sustainable Development Solutions Network (SDSN、持続可能な発展のためのソリューションネットワーク〈私訳〉) という、国連の活動としてこれを発表しています。
第5章は”Neuroscience of Happiness”(幸福の神経科学)。幸せと脳の状態の関係をあれこれ探っている章です。今回はこのレポートを拾い読みした結果を皆さんと共有します。
まず、本章ではhappyとwell-beingを分けて定義していました。どちらも「幸福」と訳されますが、簡単にいえばhappyは感情 (emotion) であり、well-beingは人生の評価 (life evaluation) です。感情は happy であったり unhappy であったり、短期的に変動します。well-being はもっと長期的な視点からの幸福を表しています。
本章が注目していたのは well-being のほう。神経科学的にみて幸福な人生 (well-being)を支えていそうな4つの要素を抽出しています。
- ポジティブな感情の持続
- ネガティブな感情からの回復
- 共感、利他主義、向社会的活動
- マインドフルネス
幸福な人生(Well-being)のための4要素 – *ListFreak
第2項目はレジリエンス (resilience) の話です。ポジティブ心理学の流行語がずらりと並んでいる感じです。それだけ多くの調査研究がこの分野に集まっているのでしょう。
注意散漫は不幸のもと?
このなかで興味を引かれたのは、最後のマインドフルネスのところでした。マインドフルネス (mindfulness) の話題の前段に、心がさまよっている (mind-wandering)状態についての研究結果が紹介されています。mind-wandering とは、たとえば目の前の仕事から注意が逸れてぼーっとしている状態。それによると、人は心がさまよっている状態のとき、そうでないときに比べて unhappy を感じている確率が高いとのこと。
ぼーっとしている状態と仕事に追いまくられている状態とをイメージすると、前者の方が幸せそうな気もしますが、どうもそういうものでもないらしいです。もっと積極的にぼーっとさせる、すなわち椅子に座らせたまま何もさせない状態を作ると被験者ははっきりと unhappy になり、何もしないでいるよりは電気ショックを受ける方を選んだ、なんて研究も紹介されていました。
mind-wandering な状態のとき、脳は休んでいるわけではなく、むしろ特定の箇所が活溌に活動していることが知られています。何もしていないときに活性化するので、デフォルトモード・ネットワークと呼ばれています。マインドフルネス瞑想をするとこのデフォルトモード・ネットワークの活動が抑えられるそうなのですが、それをもってマインドフルネスと人生の幸福を結びつけるのはやや性急に思えます。
というのは、デフォルトモードには創造的な問題解決策を思いつくといった有益な機能があり、積極的に散歩をしたりシャワーを浴びたりして、建設的な目的のために「頭を空っぽにする」こともあるからです。おそらく、やることがなくて不幸を感じてしまうような悪玉的 mind-wandering と、意識の裏側で問題解決を図っているような善玉的 mind-wandering があり、マインドフルネスは効果的に前者を抑制するということだと思うのですが、このあたりはレポートの読み込みが浅いのか研究途上なのか、はっきりしませんでした。
足るを知る
マインドフルネス、たとえば五感や思考・感情を観察し続けるようなことが、なぜ幸福な人生につながるのか?記述は短いながら深く納得できたのが、Wanting を減らす効果があるのではないかという仮説でした。
Wantingは直訳すれば欠乏感であり、おおまかにいえば「欲」でしょう。マインドフルネス瞑想は、もともと執着のよう煩悩を減じるために経験的に開発された技術です。非合理な信念に気づく機会を増やしてくれることで、後悔につながるような言動を減らせたり、状況の良い面に気づけたりするようになることは、想像に難くありません。
著者はさすがに学者だけあって、こういうメカニズムを何とか客観的に測りたいと考えているようです。たとえば、(報酬をちらつかせるといった)欲望を強めた状態で認知機能のテストを受けさせると、マインドフルネスな状態にある人のほうがよい成績をあげるのでは?という仮説を立てて、実験をして、手応えを感じているようです。マインドフルネスのレベルをどう測るかが難しいところですが、「呼吸を長く正確に数えられる」といった指標で測っている模様。まだ研究途上のせいか文献は紹介されていませんでしたが、進展が楽しみです。