『習慣の力』は、小さな習慣の大きな力を証明した本です。なかでも印象的だったのは、アメリカのアルミ製造大手アルコア社の業績回復を採りあげた第4章「アルコアの奇跡――会社を復活させた、たった一つの習慣」でした。
著者チャールズ・デュヒッグは、経営再建を任された新CEOのポール・オニールが、一見すると業績に直結しそうもない安全管理の徹底にこだわったことに注目しています。実際にオニールは、社員が怪我をしたら24時間以内に改善案を報告するように求めました。この小さな習慣の徹底が、他の業務の改善につながっていったのです。
ほとんどの人は気づかなかったが、怪我人ゼロという目標は、アルコア史上もっとも大きな改革につながったのだ。社員を守るためには、まずなぜ怪我をするのか、その理由を突き止めなければならない。そして怪我の理由を知るには、製造過程にどのような欠陥があるのかを理解しなければならない。そしてそのためには社員を教育し、品質管理と効率的な手順を徹底する必要がある。それができればすべてが楽にできるようになる。正確に作業することこそが安全につながるのだ。
これらの改善はその年のうちに業績に反映され、オニールが引退するまでには同社の年間収益は5倍になったとデュヒッグは記しています。
こういった事例を目にすると、分析的な問題解決手法の限界を感じてしまいます。業績が悪化しているという事象を分析し、原因を追及していっても、「安全管理の不徹底が業績悪化の真因である」とはならないように思うのです。実際、安全管理を徹底したら業績が上がったというストーリーに意外性があるからこそ、著者は「アルコアの奇跡」とまで呼ぶのでしょう。
著者は「それを変えることで多くの変化をもたらす習慣」をキーストーン・ハビット(要の習慣)と呼んでいます。たった一つの習慣が、多くを変える。この考えはとても魅力的です。ただ残念なことに、400ページ近い大著であるにもかかわらず、キーストーン・ハビットの見つけ方は提示されていません。
そこで本書の他の箇所や自分の知見をもとに、キーストーン・ハビットを見分ける基準をいくつか考えてみます。
- その習慣は、当事者が意欲的に改善を願うものである
- その習慣は、習慣化したときのイメージがありありと思い浮かべられるものである
- その習慣は、小さく始められる具体的なものである
- その習慣を徹底するためには、結果的に多くの習慣を変えていかねばならない
- その習慣は、改善度合いをモニターできるものである
- その習慣は、問題の結果からも真因からも遠い
最後の項目はわかりづらい表現なので解説します。たとえばいま業績不振が問題というとき、売上や利益といった結果指標には、それが結果であるがゆえに、手が付けられません。また問題の真因と見なされる要素(戦略の不全など)も、しばしば構造的なものであり、直接手を付けるのは大変です。探している、多くの変化をもたらす小さな習慣は、両者の中間にあるべきでしょう。たとえばオニールの着目した「安全」は、製造プロセスなどさまざまな原因の結果として存在し、かつ各種業績や会社の雰囲気などさまざまな結果の原因ともなっています。
……上記を身近な事例にあてはめて考えてみましたが、残念ながら、ずばり「これがキーストーン・ハビットの見つけ方だ!」という感じがしません。それはそうですよね。それがわかれば、わたしは第二のオニールとして活躍していることでしょう。
ただあえていえば、キーストーン・ハビット探しはシナリオ・プランニングのステップに似ているように思います。
- 決定を下すべき問題は何か?(Focal Issue)
- その問題を解決する、鍵となる因子は何か?(Key Factors)
- その因子の推進力は何か?(Driving Forces)
- 重要だが不確実性の高い因子・推進力は何か?(Critical Uncertainties)
- その因子・推進力の変化を核としたシナリオロジックを2、3作る(Scenario Logics)
- そのシナリオロジックを物語に仕立てる(Scenarios)
- その物語の意味(戦略への影響)を読み取ると?(Implications)
- シナリオをチェックしていくための先行指標・道標は何か?(Early indicators)
シナリオ・プランニングのステップ – *ListFreak
どちらも、将来像をありありと描いたうえで、その将来像の実現の鍵となる因子を探します。キーストーン・ハビットは、この鍵となる因子のそばにあるはずです。