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コンセプトノート

730. 受容というライフスキル

スタバによる、バイアスに気づく研修

2018年4月12日、米フィラデルフィアのスターバックスで、何も注文せず店内にいた黒人男性2人がトイレの使用を拒否されたうえに警察に通報され、逮捕されました。これが人種差別問題として注目されました。(1)

同社は5日後の17日に大規模な研修の実施を発表します。そして5月29日に米国内の8000か所以上の店舗を半日ほど閉め、従業員約17万5000人に人種偏見についての研修を一斉に実施しました。(2) ブルームバークは、この研修による売上損失を18億円と試算し、一部の株主が疑義を呈していると報じています。(3)

同社は、その際の資料を全て公開しています。研修コンテンツのベンダーとして興味を引かれ、目を通してみました。(4)

研修時間は4時間。3~5人でグループを作り、ガイドブックの指示に従って進めます。iPadで動画を観て、ワークブックに書き込んで、ペアないしグループで対話をしていきます。

ガイドブックは68ページ、動画は21本、ワークブックは40ページ。これだけの濃密な内容のプログラムを、4時間で、インストラクター無しで終えられるように作ったうえで、8000超の拠点で、17.5万人が同時に進められるよう、すべてを手配したのです。これだけの仕事を1ヶ月強で成し遂げた研修チームには、脱帽です。

受容はライフスキル

『一緒にいる人に「歓迎されている」と感じさせるのは、ライフスキルだ。』

ガイドブックを斜め読みしていて、目に飛び込んできた文章がありました。

ラッパーのコモン (Common – Wikipedia) という方が、動画で次のように語るシーン(の書き下し)です。かなりの意訳ですが、日本語も添えておきます。

It’s a life skill to make someone else in your presence feel welcome,
you do that by not only loving what makes them the same as you, but by appreciating what makes them different from you,

あなたといることで、相手が「自分は受け入れられている」と感じられる。これは、生活のあらゆる側面であなたを支える能力です。
実践していきましょう。相手との一致を喜ぶだけでなく、相手との違いに価値を見出すことによって。

研修の主たるテーマは人種の違いがもたらす偏見でしたが、もちろんそれだけではありません。性別、身体的特徴、社会的階級、あらゆる属性の違いがわれわれに偏見をもたらしますし、価値観のように目に見えない違いについても同様です。

一致を喜び、違いをまた喜ぶ

たまたま、スターバックスとは関係なく、「違い」について考えるきっかけがあって、「共感的理解のレンズ」というノートで紹介した次のリストを思い出していたところでした。というか、そういうきっかけがあったのでスターバックスの記事に興味を引かれたのでしょう。

  • 人間一人ひとりはある点で、
  • a. 他のすべての人間と似ており、
  • b. 他のある種の人間と似ており、
  • c. 他の誰とも似ていない。

人格の類似と相違を考えるための3つの視点*ListFreak

このリストを眺めていると、考えが似ている(b)と思っていたのに違う(c)ことがわかって勝手に裏切られた気持ちになったり、まったく似ていない(c)人の中に普遍的な類似性(a)を見出して嬉しく思ったりといった思い出が蘇ってきます。

ただ、似ていれば理解しやすいのは確かですが、似ているからといって理解できるわけではありません。似ていなくても理解はできる。でもおそらく、完全に理解できることはないでしょう。そこで、次のように書き直してみます。

  • 人間どうしは、
  • a. 人類として共感・理解できる部分があり、
  • b. 同じ種類の人間として共感・理解できる部分があり、
  • c. 決して共感・理解できない部分がある。

共感できない(c)意見の持ち主にも、どこか似た部分(b)を、最低でも「人として」似た部分(a)を探してみることが、共感的理解への道をひらきます。

逆に以心伝心の間柄であっても、それは一部において(b)であり、決して共感・理解できない部分が他者の中にはある(c)、と心得る。寂しい話ですし、心理学的に正しいかどうかもわかりませんが、そう前提を置くことで、過剰なもたれかかりを避けられそうです。

まずは似た部分を探し、理解できる部分を探すべきでしょう。しかし、他者を完全に理解できると思うのは、どこかで、理解できない人を認めないという考えにつながっていくように思います。受容というライフスキルの源にあるのは、互いに誰とも似ていない部分があること、決してわかり合えない部分もあることを認めるという覚悟なのかもしれません。


(1) 『スタバ客席で「友達を待っていた」黒人男性2人が逮捕 差別だと物議』 | ハフポスト

(2) “Starbucks Shares Details on Multi-Phase Anti-Bias Training” | Starbucks Newsroom

(3) 『スターバックスの差別防止研修、コスト18億円に一部株主が疑義』 | Bloomberg

(4) “The Third Place: Our Commitment, Renewed” | The Starbucks® Channel