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コンセプトノート

249. 原因と結果の間にあるもの

例えば、Aという商品がヒットした主な原因を分析したところ、卓越したキャッチコピーだったとします。

その原因(よいコピー)がなければ、この結果(ヒット)はなかった。しかし、その原因があれば必ず同じ結果になるかというと、そうではありません。

それではヒットという結果につながる原因をたくさん用意してやれ、ということで、いわゆる4P(価格/性能/流通/販売促進)を考えたりするわけです。こうやって網羅的に考えることで、よい結果を期待できる確率は高まりますが、それでもなお、結果が保証されるわけではありません。

原因と結果の間には、いったい何があるのか。

「縁」である、という文章を仏教の解説書のなかに見つけました。まだ十分に理解していませんが、とても分かりやすい解釈でハッとしたので、簡単にまとめてみます。

因縁という言葉の「因」は、いままで述べてきた原因にあたります。分析で特定できるような、直接的な原因です。それ以外に「縁」という間接的な原因があって、ある結果は因と縁がセットになって初めて生じます。

となると今度は、望ましい結果を得るために「縁」というものをどうやって用意するか、ということに興味が向かいます(よね)。しかしこれは定義矛盾になってしまいます。人為的に用意できない原因があるからこそ、「縁」という概念があるわけです。

「縁」はある種の偶然ですから、いつ降りてくるか分かりません。しかも間接的な原因ですから、縁があっても因がなければ、結果には結びつきません。

よい結果を出すために、できるだけの原因を揃えておいて「ご縁」を待つ。
「人事を尽くして天命を待つ」というのは、そういうことなのでしょう。