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コンセプトノート

744. 再考 (rethink) する

学習学の隆盛(の兆し)

 一〇年ほど前、アメリカ合衆国教育省が学習法に革命を起こしてもおかしくないはずだった文書を発表した。アメリカのトップクラスの学習学の専門家らが執筆した報告書だ。提言一つひとつに多数のエビデンスの裏づけがあり、「学習と記憶に関する研究からわかった、最も重要度の高い具体的かつ応用可能な原則に関する共通見解」が述べられていた。
 報告書の結論は、少なくとも何かの習得をめざす大半の人々の行動からすると、画期的だった。
(略)
 しかし全体として、注目すべきは、この報告書のインパクトのあまりの小ささだった。

アーリック・ボーザー 『Learn Better――頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ』(英治出版、2018年)

アーリック・ボーザー 『Learn Better――頭の使い方が変わり、学びが深まる6つのステップ』(英治出版、2018年)の「エピローグ」からの引用です。歩みは遅々としていても、本書のような「学び方を学ぶ」本がここ数年で数多く出版されているのを見ると、学習学は一定の注目を集めつつあるようです。

副題にあるように、本書では学習の主要な6ステップにまとめています。要約をお目にかけますが、ざっと眺めるかぎりでは、目新しい内容はなさそうです。

  • 【価値を見いだす】 そのスキルや知識に価値があるとみなし、意味づけを行う。
  • 【目標を設定する】 何を学びたいのかを厳密に見きわめて、目的と目標を設定する。
  • 【能力を伸ばす】 スキルを磨き、パフォーマンスを向上させることに特化した手段を講じる。
  • 【発展させる】 基本から踏み出して、知識を応用する。スキルと知識に肉付けして、より意味のある形の理解を形成する。
  • 【関係づける】 個別の事実や手順が他の事実や手順とどう関わり合うかを知る。すべてがどう噛み合うかを理解する。
  • 【再考する】 自分の知識を見直し、自分の理解を振り返って、自分の学習したことから学ぶ。

知識習得のプロセス*ListFreak

最後の「再考する」、原著では文字通り Rethink です。こういった学習サイクルの最後は、振り返り (Reflect) やレビュー (Review) がふさわしいように思いますが、なぜわざわざ学んだ内容を考え直すのか。

なぜ再考が必要なのか

知識は絶えず進化します。したがって不断の学び直しも必要なわけですが、人はとても過信しやすく、過信は学びを止めてしまいます。著者は、行動経済学を切り開いたダニエル・カーネマンが、「どうすれば思考力を高めることができるのでしょうか?」という質問に答えたくだりを描写しています。

「私が魔法の杖を持っていたら、何を消すかな?」。カーネマンは問い返してから答えた。「それは、過信だよ」

 カーネマンの言葉はあまりにさりげなくてその重要性を見過ごしそうになるが、過信こそ万人の病弊である。

同上

このやりとりは興味深いですね。思考力を高める方法を問われて、過信を消したいと答えた。そして、過信は再考の障害。だとすると、思考力を高めるとは再考力を高めることに他ならない、ということでしょうか。

カーネマンのエピソードは「再考する」章の冒頭に置かれていますが、章末ではこれと呼応するように『再考は学習プロセスの核心であり、この考え方は次第に現代の世の中に広まりつつある』と述べられています。

ところで、先に「目新しい内容はなさそう」と書きました。「たしかに」と思われて、学び方に興味はあるが本書を手に取る必要はないと決めた方、それは過信かもしれませんよ。
(引っかけ問題みたいですみません。目新しい内容がなさそうなので本ノートを読むのを止めてしまった方には、この弁明の言葉も届かないわけですが……)

再考するとは何をすることなのか

専門家は常に熟考している。「自分が実行していることについて考えるほうが実行そのものより重要だ」。

同上

この印象的な引用は、再考が単なる復習とは違うことを示唆しています。もちろん学習の成果を評価することも重要なのですが、著者は再考について『より深い理解を追求するためでもある。知識とスキルについて熟考する必要があるのだ』と述べています。

知識とスキルについて熟考するとはどういうことか。たとえば他の知識と関連づけたり、体系化を試みたり、実際に使う局面をシミュレーションしたり、といった思考作業を通じて、学んだことを自分なりに意味づけることだと思います。

熟考には静けさ、時間、穏やかな心が必要であると書かれています。端的でよい訳文が多いので、ミニ引用文集を作ってみました。

  • 「知識を得れば得るほど、それらにつながりを作る必要が出てきます。それを意識的に行う必要があるのです」
  • 「動的な学習とは頭の中で内省とシミュレーションの間を行き来するプロセスなのです」
  • 感情の落ち着きと深い学習は車の両輪であり、頭の中が平穏でなければ頭の奥深くで理解することはできない。
  • 熟考を覚え、情動を抑制し、心を穏やかにすることで、人はもっと上手に意思決定をし、より多くを学べる。
  • 「行動をよしとする先入観は学習には有害である」

最後の引用は、別立てで。

再考には不思議な力がある。それは学習を無限のプロセスにする。たえず自分の知識の再評価をしていれば、熟慮という頭の活動が止まることはない。内省に終わりはないのだ。

同上

意志決定というテーマの周りを十数年もうろついているので、同じトピックを数年おきに蒸し返してしまいます。あげく、以前に書いたノートのほうが充実していたと感じて嫌気がさすことも少なくありません。先日は、自分が「失敗」というトピックについて数年おきに戻っている(のに、考えに進歩がない)と気付きました。

しかし、蒸し返しがなければ、知識やスキルの進歩の無さ(、もしかしたら退化)という現実を直視する機会もなかったわけです。蒸し返しと感じたら「知識の再評価」と呼び替えて、再考に挑んでいこうと思います。