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コンセプトノート

734. 共感力を磨く(2)

〈「共感力を磨く(1)」からの続き〉

プロフェッショナルはいかに共感力を磨くか

前回紹介した『共感の社会神経科学』には、臨床心理学との接続が図られた章もいくつかあります。そこから、共感力を高める方法を拾い読みしてみます。

第10章「共感的共鳴:神経科学的展望」で、ジーン・C. ワトソンらは『セラピストは、クライエントに共感する能力を最大限にするために、数多くの認知的共感のプロセスに取り組むことが可能である』と述べ、次の6つの取り組みを紹介しています。専門家のような密度ではトレーニングできないとしても、概要を知るだけでも参考になるのではないでしょうか。

  1. 「視覚化」の技法を用いて、相手の生活における体験や出来事を積極的に想像する
  2. 賦活されている感情または感覚を認識するために、自身の身体に密接に注意を払う
  3. 相手の生活体験の詳細と文脈とを注意深く聴く
  4. 自分自身の体験から離れて、他者の視点を採用するように努力する
  5. 自己の気づきや自己の内省を深める
  6. 他者の語りや非言語的行動からその人の情動を正しく特定することを学習する

共感能力を向上させる方法*ListFreak

2つめの項目の、「賦活されている(=生じている)感情または感覚」についてすこし補足します。

他者の行為をただ見ているだけでも、行為者と同じ神経細胞(の一部)が活性化することが知られています。共感的な理解をしようとする聞き手は、さらに相手の行為を模倣する(=ミラーリングをする)ことで、相手の感情を自らのうちに再生しようとします。そのようにして生じせしめた感情または感覚に注意を向けて読み取っていこうというのが、2つめの項目が指摘していることです。

共感的に聴くための心得

セラピストは、表面的には傾聴しながらも、内面では能動的にいろいろと活動していることを知りました。たとえば「積極的に」相手の体験や出来事を想像したり、自動的な(あるいは意識的な)模倣の結果として生じた身体感覚に「注意を払ったり」しているとのこと。これまで漠然と理解していた「共感的に聴く」という行動の、具体的な手がかりを得られた気がします。

上述のリストは日常的な訓練と臨床の場での心得が混じっているように思えたので、本文の言葉をすこし組み入れ、わたしなりに「共感的に聴く」ための心得をまとめておきます。

  • 【視覚化】 状況を「視覚化」して具体的に想像しながら聴く
  • 【身体感覚】 (模倣によって生じる)自分の身体感覚に注意を向けながら聴く
  • 【文脈】 過去や現在の文脈、相手の価値観や動機などを含めて理解するように聴く
  • 【脱中心化】 自他を区別して聴く。相手への没入は情動感染

共感的な会話のプロセス

では、そのようにして聴くとして、会話をどう進めるのか。ワトソンらは、カール・ロジャーズの主張をまとめる形で、次の3ステップを紹介していました。

  1. 【共感的共鳴】 聞き手は話し手の体験に共鳴する。その際、話し手が自身の体験をどう感じているのか、そしてそれが話し手にとってどのような意味をもつのかを理解するために、聞き手自身の身体と内的体験を用いる。
  2. 【共感的なコミュニケーション】 聞き手は自らの理解を話し手に伝える。
  3. 【受容・知覚された共感】 話し手は聞き手の共感を受け取り、理解されていることに気づく。

共感的に聴くプロセス*ListFreak

聞き手は、共感的に聴き、理解したことを伝える。相手は、理解されたと気づく。難易度は措くとして、流れはシンプルですね。

話し手は、共感的な聞き手の中に自分自身を見出す

最後に考えておきたいのは、共感力を磨くべき理由です。前回、「他者の意志決定を支援するためには共感能力は欠かせない」と書きました。しかし結局のところ、共感的に聴くことで相手に何が起きるのでしょうか。

その端的な回答になりそうな部分を引用します。先にリスト化した部分の直前の文章です。

共感を供給されることで、聞き手は自分自身について探索し熟慮する機会が与えられ、それによって自己志向的な変化が促進されることをロジャースは示唆した。
(文脈を一般的にするために「クライエント」を「聞き手」に替えて引用)

この文章を吟味すると、話し手は、自分の考えや思いに同意してくれる人に勇気づけられて自信が持てる……といったメカニズムではないだろうことがわかります。同意にせよ不同意にせよ、聞き手の「意見の供給」は、容易に「話し手対聞き手」の構図をつくり、聞き手による自己観照を妨げそうです。

「共感を供給される」とは、話し手が「聞き手の中に自分自身を見出す」と言ってよいのではないでしょうか。自分の考えや思いを正確に返してくれる相手との対話を通じて、自分を明瞭に、客観的に、眺めることができるようになるのだと思います。

共感力を、意志決定支援にどう活かすか

では、それを意志決定支援にどう活かすか。たとえば転職を考えている知人からアドバイスが欲しいと言われて相談に乗る場合はどうするべきか。

単なる情報でなく、多少なりとも「相談」を求められているのであれば、アドバイスを思いついたとしても、まずは知人の話を共感的に聴いて理解することに努めた方がよいように思います。

というのは、人が「相談に乗ってほしい」と言うとき、それは「自分がよく考えて決められるように助けてほしい」という意味であり、「自分の代わりに考えて決めてほしい」と言っているわけではないからです(仮にそうであっても、すべきではないと思います。決定の帰結に責任を負えるのは本人しかいないのですから)。

とはいえ、よく考えるためにも他人の経験や知識といった情報は有益であり、知人がそれをアドバイスとして求めているのも確かでしょう。しかし、決めるのは本人ですから、最後はやはり自分に意識を向けてほしい。

そのように考えると、相談に乗る、つまり会話を通じて相手の意志決定を支援するプロセスというのは、次のようなサンドイッチ構造が望ましいと思われます。

  1. 共感的に聴く
  2. アドバイスを提供する
  3. 共感的に聴く

1 で自己解決となるパターンも多そうです。一方で、2のステップに入った以上は3を必ず心がけるべきでしょう。一般的にはこう言われている、自分はこうした、自分があなたならこうするだろう、そんな会話をした後で、もう一度、感想や現時点での考えや思いを共感的に聴いてみるということです。

転職相談を例に挙げましたが、たとえばセールスも、顧客が自らの問題解決に弊社のサービスを使うかどうかという決定を支援する作業です。

話し手に委ねて終わる。そんなリズムを試してみたいと思います。