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コンセプトノート

611. 健全な疑い方

過去を振り返るな?

Why You Should Stop Trying to Learn From Your Mistakes“(なぜ、過去から学ぼうとするのを止めるべきなのか?)という短い記事を見かけました。著者は、Vanderbilt Owen経営大学院でマーケティングを教えるKelly Haws教授が”Journal of Consumer Psychology”誌に投稿した研究を引用しています。

実験はこのようなものでした。まず、被験者を4グループに分けて異なる作業を行ってもらいます。

  • グループ1:自制心をはたらかせて成功した体験を2個思い出す
  • グループ2:自制心をはたらかせて成功した体験を10個思い出す
  • グループ3:選択に失敗した体験を2個思い出す
  • グループ4:選択に失敗した体験を10個思い出す

次に、被験者に予算を与えて好きなものを購入するように依頼します。その結果、予算内に収められたのはグループ1だけで、他のグループは予算を超過してしまったとのこと。予算の超過は自制心がうまくはたらかなかったことを示唆しています。

成功例をたくさん思い出すよう指示されたグループ2が自制心を失ったのは意外に思えます。これについて論文では、成功体験を10個も思い出すのは難しく、それができない人は結果的に自分の自制心に対する自信を失うのだろうと考察されているようです。

失敗はもちろん成功体験でさえ、過去を振り返る行為は自制心を阻害する。この結果を踏まえて、著者は自制心を発揮して意思決定をするために、次の3つを理解しておくべきと結論付けています。

  • 未来に焦点を当てる
  • 失敗は気分をくじく(ので自制心にとってはマイナス)
  • 歴史は繰り返す(=失敗を思い返す行為が失敗を誘発する)

主張を健全に疑うには

この記事、実は読者コメント欄で酷評されてます。わたしが見かけた時点で4つのコメントがついていて、そのどれもが”absolutely rediculous”(とんでもなくばかばかしい)、”totally bogus”(まったくのインチキ)など、かなり強いトーンの批判でした。何に文句を付けているか、わかりますか。

たとえば、再現性も確認されていない一つの実験から大きなことを言いすぎ(一般論を引き出しすぎ)だと指摘しています。マーケティングの実験に心理学的な研究成果であるかのようなタイトルをつけて読者を釣るようなやり方にも憤慨しているようです。

実際の実験をチェックしようにも、元の論文が引用されていません(1)。調べてみると、論文著者は教授でなく准教授でした。

そのあらっぽい言葉づかいには賛同しかねるものの、コメント欄の指摘は主張を疑うことの重要性と難しさを教えてくれました。そこであらためて、主張の「健全な疑い方」をまとめておきたく思います。

知情意の「情」から。批判的な気持ちを作ったほうが、誤字脱字を見つけるような集中力を要する作業の効率が高いことが知られています。コメント欄がどれも不機嫌な調子であることがこれを象徴しているように思えます。

「意」は、その記事を読む目的を思い出すということでしょう。(わたしの初読時のように)漫然と眺めていては疑うべき箇所も見つからず、結果として記事から学ぶこともなくなってしまいます。

これで「知」を働かせる準備が整いました。主張から根拠へとたどっていくと、怪しい箇所はたくさん見つかります。長々と分析するのは控えますが、まとめていえばコメント欄が指摘しているように、ある根拠から言える以上の主張を、いろいろ広げてしまっています。

情と知はトレーニングできるので、課題はやはり「意」、意志・意欲ですね。一日に3本しか記事を読まないと決めれば、自ずと「何のために読むか」を意識してタイトルを吟味するようになるかしら。すこし試してみようと思います。

(1) 下記の記事が引用しているのが当該論文のようです。
Those who dwell on their past might be doomed to repeat their mistakes“(Vanderbilt Owen Graduate School of Management)