カテゴリー
コンセプトノート

758. 事実は論理に勝る(あるいは風変わりな事実の価値)

「事実」は「論理」に勝る

「事実」は「論理」に勝る。ライアン・ゴールドスティン『交渉の武器 交渉プロフェッショナルの20原則』(ダイヤモンド社、2018年)は、そうだよな、と得心するうまい表現がちりばめられた本でした。

理屈のとおった主張であっても、それを覆す事実を指摘されれば、その瞬間に理屈は崩れる。私たちにパワーを与えてくれるのは、論理や理屈ではなく「事実」。「事実」こそが最強の武器なのだ。

ライアン・ゴールドスティン『交渉の武器 交渉プロフェッショナルの20原則』(ダイヤモンド社、2018年)

著者は、あるレストランでドレスコード違反を指摘されたときに、自分と同じ服装をしている先客を見つけることで追い出されずに済んだという逸話を紹介しています。レストラン側は、先客は例外だと説明できなければ著者の入店を認めざるを得ません。

ビジネスでも、事実は論理を凌駕する力を持っています。たとえば会議でAさんが「業績向上のためには高い顧客満足度が必要だ」と主張したとします。これは理屈のとおった主張といっていいでしょう。そこにBさんが「1000社を調査してみたら、なんと1社だけ、顧客満足度が下がっているのに業績が向上しているXという企業があった」という事実を報告しました。

…… X社のことを知りたくなったのではないでしょうか。99.9%の企業でAさんの主張どおりだったなら、X社を知るために会議の貴重な時間を割くのは論理的でないと思いつつ、わたしならX社について教えて欲しいとBさんに尋ねたくなってしまいます。

ちょっと変わった事実に引かれる理由

なぜ、論理的には無視してもいい事実に多大な注意を向けたくなるのか。単なる好奇心が働くから、というのが表面的な答えですが、ではなぜ好奇心が湧くのか。

あえて理屈をつけるなら、そこに未来が潜んでいるかも、という期待からかもしれません。未来予測の手法として、雑多なニュース記事を大量にかつ継続的に読んでみるというのがあるそうですが、未来は読めなくても、起きつつある何かの「兆し」をつかむことはできるかもしれません。

そういった手法の例として、以前「未来を見る・読む・動かす(あるいは船をつくる方法について)」というノートで紹介した、「未来予測の6ステップ」の最初の2ステップを再掲します。

  1. 【社会の端っこに目を凝らす】 社会の端っこ、あるいは特定の研究分野を観察し、情報を収集する。ノード同士の関係性を示すマップをつくり、「想定外のニューフェース」を絞り込む。
  2. 【CIPERを探す】 端っこの情報を分類し(「矛盾 (Contradiction)」「変曲 (Inflection)」「慣行 (Practice)」「工夫 (Hack)」「極端 (Extreme)」「希少」 (Rarity)」)、そして隠れたパターンを発見する。

未来予測の6ステップ*ListFreak

生き延びるために先を読もうという努力は、おそらく人類の知能の発達と共に常になされてきているでしょう。そういった本能が風変わりな事実に対する好奇心の源にあるのかもしれません。

風変わりな事実を積極的に探しに行く

そう考えていくと、職業でも生活でも、未来への意思決定にあたっては、論理的に「考える」だけでなく、理屈がとおらないような変わった事実を「探す」行動も効果的なのでしょう。

イギリスの作家ギルバート・キース・チェスタトンが、作品の中で捜査官ににそのような行動を取らせていたことを思い出しました。論理的に考える手がかりもないままロンドンの街中で犯人を探す羽目になった捜査官は、好奇心の赴くままに歩き回り、目に飛び込んでくるような変わった事物を探すのです。

彼は思いがけぬ偶然に頼ったのである。合理的な連脈の糸をたどれぬこのような場合には、彼は冷静に、そして慎重に不合理の連脈に従った。銀行とか、警察署とか、待合所といったようなまともな場所におもむくかわりに、ことさらに見当はずれの場所に足を運んだのである。空屋と見ればドアにノックし、袋小路に踏みいり、ごみ屑で塞がった細道を一つ残らず通り抜け、まわり道でどうせ元の本道に出るにきまっている弓形の脇道という脇道を歩きまわったのである。

「青い十字架」『ブラウン神父の童心』所収)

わたしも捜査官にならって、来年は「風変わりな事実」を収集してみようかと思います。