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コンセプトノート

510. よい座談に必要なもの

座談というアイディア生成装置

『座談の思想』という魅力的なタイトルの本を読みました。著者の鶴見太郎によれば
『現在の日本ほど総合誌・文芸誌を問わず、座談が毎月、毎週のように紙面を飾る国は珍しいといえる』
そうです。それほど人気のある座談が、思想性において論文・評論よりも下位に見られがちな状況を指摘したうえで、座談には独自の思想を育む機能があると論じます。

言われてみると、会話を表す言葉のなかで座談は独特のポジションを占めているようにも思われます。論争(ディベート)のように白黒をはっきりさせることが目的ではありません。インタビューのように、話し手と聞き手が分かれていることもありません。雑談(チャット)よりはテーマが絞られています。これはかなり個人的な語感ですが、対話(ダイアローグ)はどこか深いところまで降りていくことが求められているように感じます。座談に対応する英語を考えてみて、結局「トーク」がいちばんしっくりきました。

そんな座談が、どのように思想を広げてくれるのか。著者が想定する典型的な座談の描写を引用します。
『ひとつの重要な主題をまず設定し、その主題に触発されて借り物ではない自分の意見を言う人物を数人選び、座を囲ませることで、そこから思わぬ効果が生まれる。主題の設定とそれに見合った人選、という配置の中に、もうひとつの「アイディア」が生まれる環境がある。(p22)』

新しいアイディアが生まれるには、参加者のオープンな姿勢も重要です。
『対談しながら、仮に自分と異なる意見に出会った時、「成程、そういう見方もあるのですね」と反応するならば、そこにはお互いに意図しない、新しい思想像が見えてくる可能性がある。(p23)』

思考の深まりを座談からたどる

個人的に興味を持ったのは、「八 感情と内省ーー中野重治の誠実」という章でした。そもそもこの本を手にしたのは、座談が目下の研究テーマである「その場性」の強い行為だからです。座談の名手は、ある主題についてリアルタイムで語っていくなかで、どのように感情や思考をととのえているのか。それを学びたいという目的がありました。この章は次のように始まります。
『相手の話に対する反応として時間をおかずに自分の言葉を話す点で、座談とはその場その場の感情を鋭く反映する。』

そして、作家の中野重治の座談を取り上げた理由をこう述べています。
『座談の機能と特色を知る素材としてなぜ、中野が重要なのか。それは、まさに彼が自分のその時、
その時の感情に忠実な人だったことにある。』

結論から言えば、中野が座談の名手というわけではありませんでした。ただ、正直な感情を露わにする人だったがゆえに、座談での発言を彼の人生に起きた出来事や作品と重ねていくと、(作品だけを追ったのではわからない)本人の思想の深まりが見て取れるという意味で、著者にとっては重要な「座談の機能と特色を知る素材」だったのです。

『中野重治とは感情的な自分という問題について、晩年になるまで自由ではなかった(p204)』と読み解く著者は同時に、『それら感情的な発言を含めて過去の自分の言説を正確に残そうとした』中野の誠実さを高く評価しています。章題にも「誠実」が含まれていることが、それを示しています。

よい座談に必要なものとは

そしてこの「誠実」こそ、著者が「おわりに」で提示するキーワードです。著者は本書で紹介したすぐれた座談および座談家を振り返り、出席者の誠実さが『座談の帰趨を決める重大な決定要素』だとまとめています。

なぜ誠実さが重要なのか。それは誠実さが相互の信頼の源だからです。
もし、口では「成程、そういう見方もあるのですね」と言いつつ、心の中では「そんな見方は明らかにおかしい」と思っているならば、相手の見方を受け入れて発想を広げることなどできないでしょう。
「成程、そういう見方もあるのですね」と思えるためには、その意見が吟味に足るものであるという信用が必要です。自分とは違う、よくわからない意見をあえて吟味してみようという信用は、その言葉を発した相手への信頼から生まれます。そして相手を信頼できるかどうかのものさしが、誠実さというわけです。

この本を手にした理由はもう一つあります。来週、小さな対談に出席することになっているのです。相手に信頼してもらえるよう、できるかぎり誠実に努めたいと思います。