カテゴリー
コンセプトノート

643. やる技術=やめる技術

目標離脱

『賢いやめ方 人生の転機を乗り切る「目標離脱」の方法』という本を読みました。『賢くやめることを心理学の専門用語では「目標離脱」という』とあったので Google Scholar で「目標離脱」を検索してみたのですが、見当たりません。原著では “goal disengagement” となっていて、こちらでは一定数の論文があります。目標達成をあきらめることについて研究をしている人もいるんですね。

本書では「やめる」にまつわるさまざまな知見が紹介されていたものの、やや紹介のみに終わってしまっているようで、結局のところ目標離脱の方法がわかったかと言われると心もとない、というのが読後感です。

印象に残ったのは「メンタル・コントラスト」という目標達成の手法。偶然、最近読んだ本にも登場し、このコーナーでも紹介しました(「640. What-if(仮説を立て)、If-then(対策を練る)」)。引用文献で少々補強した知識を整理しながら、目標達成と目標断念について考えてみます。(1) (2)

空想を実現するには

まずは “Fantasy Realization”、つまり「空想の実現」についての研究から。人が目標を立ててその実現に向けて行動を起こすとき、いろいろなアプローチがあり得ます。夢想 (Positive fantasy) ばかりでは具体的な行動を思いつけるわけではありません。現状の厳しさ (Negative reality) に思いを馳せるばかりでも、どこに向かえばよいかわかりません。

こうありたいというイメージと現状の障害の両方を具体的に描くことが必要なのですが、その順序も重要です。現状をよくよく考えてから望ましい将来を空想するという順序(Reverse Contrasting) では、目標達成に向けた行動は増えないそうです。この順序では、現状の観察によって見出された障害と、目標達成に向けて取るべき行動がしっかり結びつかないからだろうと考察されていました。効果があったのは、先に空想してから現実を考えるアプローチ (Mental Contrasting) 。望ましい状態を先に描くことで、障害とそれを取り除いて目標に向かう行動の結びつきが強くなると説明されていました。

雑駁な喩えですが、ドライブに行くときに、まず周囲の渋滞情報をくまなく調べてから目的地を考えるか、先に目的地を入力してからルートを探すかの違いのようなものでしょう。後者では自分に関係のある渋滞とそうでない渋滞がすぐに識別できます。

期待が重要

ただし、メンタル・コントラストには重要な但し書きがついています。実験によれば、将来と現状を対比させた結果として生じる期待が高い場合は、目標に向けた行動へのコミットメントが高まったものの、高い期待を持てなかった場合には、コミットメントはむしろ低下してしまったそうです。

これは経験的にも理解できます。現実から目を背けて空想するのは自由ですし楽しいことですが、具体的に考えれば考えるほど現実と理想のギャップが明確に見えてきます(そのギャップを埋められると思えるかどうかは、効力期待というまた別の理論でカバーされるべき分野ですので今回は割愛)。

そのギャップの埋めがたさに気づいたとしたら、行動へのコミットメントは自然と低下するでしょう。つまり「やめる」方向へと気持ちは向かうでしょう。そう考えると、目標達成の技術と目標断念の技術は表裏一体というか、事実上同じであるといえそうです。すなわち、メンタル・コントラスティングをしっかりやり、その結果として生じる期待感に心の耳を澄ませる。その期待感の高さが、続けるか止めるかを測るものしになるのではないでしょうか。


(参考文献)

(1) Oettingen, Gabriele, Hyeon-ju Pak, and Karoline Schnetter. “Self-regulation of goal-setting: Turning free fantasies about the future into binding goals.” Journal of personality and social psychology 80.5 (2001): 736.

(2) Kappes, Andreas, Henrik Singmann, and Gabriele Oettingen. “Mental contrasting instigates goal pursuit by linking obstacles of reality with instrumental behavior.” Journal of Experimental Social Psychology 48.4 (2012): 811-818.