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コンセプトノート

640. 「叩いて伸ばす」

「叩いて伸ばす」信仰

先日、ある企業で研修のファシリテーターを務めました。テーマは、ネガティブな感情を引き起こす摩擦や対立(コンフリクト)です。

今回は参加者の大部分がセールス部門のマネジャー。社内では上司・部下・他部署、社外では協力企業・顧客などなど、多様な人たちとのコミュニケーションが欠かせません。議論の様子から、問題意識の強さがうかがえました。

トピックの一つとして挙がったのが、いわゆる「叩いて伸ばす」部下指導の是非。部下を強く叱咤して反発・発奮を期待するやり方です。2割程度のマネジャーが、そういうアプローチを採ることがあると回答しました。

このトピックについては以前に考えをまとめたことがあります(参照:「やる気のコンチクショー理論」)。議論の肴として他社の事例などを紹介しつつ、「機能するケースもあるが、上司が思っているほど多くないと思う」とコメントしました。

「叩いて伸ばす」が成立する条件

その場では議論はそれ以上深まりませんでしたが、わたしにはモヤモヤが残りました。少ないとはいえ「叩いて伸ばす」アプローチが奏功するケースもあります。イヤな思いをさせられたけど後から考えると言ってもらって良かった、と思える指導を受けた思い出があります。

2週間ほど前に終わったオリンピックの特集番組では、女子シンクロナイズドスイミング団体を銅メダルに導いた有名なコーチの指導シーンを見ました。懸命に練習しているアスリートに向かって「ただ浮かんでるだけやないか」などと罵倒しています。でも成果は挙がり、選手達はコーチに感謝していました。

そこで翌日(2日間の研修でした)もう一度このトピックを持ち出し、わたしなりに仮説を提示したうえで、皆さんの意見を求めてみました。以下はその内容を自分なりにまとめたものです。「やる気のコンチクショー理論」では知情意の情(情動面)に焦点を当てましたが、今回は意に焦点を当てています。

最終的に、「叩いて伸ばす」が成立するためには「3つの信」が必要だというたどり着きました。

一つめは「目的に対する信頼(信念)」。部下が、いまやっていることの目的に意味・意義を感じているということです。それがなければ、そもそも意欲がわきません。

二つめは「相手に対する信頼(信頼)」。部下が、上司の指導力や建設的な意図を信じているということです。信念があっても信頼がなければ、上司に対する忌避や反抗につながり、成長は望めません。

三つめは「自分に対する信頼(自信)」。部下が、自分はやり遂げられる・成果を出せるという、自らの能力に対する自信を持っているということです。信念と信頼があっても自信が無ければ、叩かれて凹んだまま回復できません。

「叩いて伸ばす」ことはできるのか

この仮説が正しいとして、作ってみて感じたことを記しておきます。

  • すべての条件の主語が部下なので、「叩いて伸ばす」が機能するかどうかは部下にかかっています。共感できる目的の提示や丁寧なコミュニケーションなどで、信念・信頼の醸成は働きかける糸口がありそうですが、自信は相手の内面の話なので働きかけが難しそうです。

  • これだけの環境を整えるのはそうとう高いハードルで、これだけの環境が整えば、もはや叩くまでもないのではないかと思えます。

  • 信頼や自信を育むためには、部下が実際に行動して結果からのフィードバックを得る必要があります。小さなことからはじめて徐々に大きなチャレンジへと向かう過程で、自らの失敗こそがよき叩き役になるように思えます。
    オリンピックでいえば、今回不本意な成績に終わった選手が涙で「次こそは」というとき、その人を叩いて涙を流させたのはコーチではなく、自分(の行動の帰結)です。