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コンセプトノート

786. 罰するという罪

「あいつを罰せよ!」

ある人のTV番組での言動に対する誹謗中傷が本人のSNSに寄せられ、ご本人がそれを苦に命を絶ってしまった、という記事を読みました。誹謗中傷は「罪」ですが、中傷した人々は「罪を犯してやろう」というよりも、気に入らない言動をとったという罪に対して「罰を与えてやろう」という気持ちに近かったのではないかと思います。
※ここでいう罪や罰は法律上の犯罪や刑罰ではなく一般的な意味合いです

罪に対する罰のつもりが、度が過ぎて罪になる。あるいは、罪を犯しているかもしれないという後ろめたさを打ち消すために、これは罰なのだと自分を正当化する。「しつけのつもりだった」という虐待も、「教育のつもりだった」というパワーハラスメントも、このストーリーに当てはまります。

「ハンマーを持つと問題がすべて釘に見える」という格言のとおり、誰かに罰を与えられる手段(相手に匿名でコメントできる)、機会(相手が指摘しやすい失敗をした)、立場(相手の親や上司である)を手に入れると、その相手に罪があるように見えてしまうのは、人間の普遍的な性向のようにも思えます。

では、組織での仕事や家族での暮らしにおいて、罰をどう運用していったらよいのか。そんなことを整理しておきたくなりました。

罰を与える3つの目的

ある人が罪を犯したとして、そもそも人はなぜ罰を与えるのか。ざっと検索したかぎりではわかりやすい枠組みが見当たらなかったので、Wikipedia英語版の「罰」(Punishment) という項目を眺めつつ、枠組みをこしらえてみました。罰を与える目的は3つに集約できます。

罰を与える3つの目的 – *ListFreak

  • 【懲償】 罪人に償いをさせる
  • 【抑止】 罪人および社会に同じ罪を犯させない
  • 【更生】 罪人が自ら、同じ罪を犯そうと思わなくなる

【懲償】は、懲らしめて償わせること。ものを壊したら、回復 (Restoration) のために修理や弁償をさせます。誰かの心身を傷つけたら、報復 (Retribution) のために痛みや苦しみを与えます。被害者が亡くなるなどして声を上げられなくとも、近親者が自らの心を癒すために報復を望むこともあります。

【抑止】は、主に外部からの強制力によって罪人ないし社会の人々が同じ罪を犯すのを防ぐこと。懲償はそれ自体目的ですが、抑止 (Deterrence) の手段でもあります。社会に同じ罪を犯すのを思いとどまらせる教育 (Education)、行動の自由を奪う剥奪 (Incapacitation)、行動の資格を奪う弾劾 (Denunciation) なども、同じ罪を犯させないという観点で抑止に入れました。

【更生】は、罪人が自ら、同じ罪を犯そうと思わなくなること。罰によって罪の内容や重さを知り、社会規範を学んでくれることを期待します。

「懲償」はあまり使わない言葉なので「補償」「懲罰」などほかの候補も検討したのですが、ずばり懲らしめと償いを意味する懲償が最適と判断しました。

罰に代わりうるもの

誰かを罰してやりたいと感じたときに、このリストに照らして目的を確認すれば、ハンマー(罰を与えられる力)をふるいたいだけだと気づけるかもしれません。

そこまで感情的でなかったとしても、罰の目的をはっきりさせることは、手段の妥当性を吟味しやすくなります。

軽い例でいきましょう。たとえば、いまあなたがリーダーとして率いているチームには「会議に10分以上遅刻した人は皆に飲み物をおごること」という慣習があるとします。遅刻という罪に対して、飲み物をおごるという罰が課せられているわけです。

飲み物をおごらせるのは懲償であり、抑止の効果はあります。しかし、抑止(遅刻を減らす)という目的に焦点を当てて検討すれば、もっとよい手段が思いつけるかもしれません。たとえば「1分間スピーチをすること」によっても同程度の抑止効果が見込めるならば、金銭的な負担という副作用がないぶんだけよい手段です。

さらには、罰に頼らないやり方を模索する助けになります。もし「更生」、つまり時間通りに集合するのが望ましいと考えてくれることを目的とするならば、遅刻という罪を犯してから罰を与えるだけではなく、時間通りに会議を始められたことを賞する方向でも手段を検討できるはずです。たとえば、前倒しで会議を始められたら、その分早く会議を終わらせるという運用を徹底するなど。(ちなみに、これは研修講師として効果を実感している手法です。わたしなりのコツは、開始が遅れたらその分終了を遅らせるという罰とセットにしないこと)

感情が動くぶんだけ知恵が問われる

このノートを書き出したきっかけは、バリー・シュワルツらの『知恵』を読み返していて、『判事は犯罪に応じた量刑を判決し、懲罰、更生、抑止のそれぞれの目的のバランスを取る』という言葉をみつけたことでした。

知恵は何を知っているかではなく、その状況で何ができるかで測られます。冷静な時にこうやって広く選択肢を考えるのは、難しいことではありません。しかし、自分が被害を受けた、相手が罪を犯した、そして相手を叩くハンマーを手にしたときに、同じように考えられるか。罰するという罪を犯さずにすませられるか。そこにチャレンジがあります。

相手を懲らしめてやりたいという意地悪な思いから逃れられなかったり、冷静に考えたようで罰を与えるというフレームを外せていなかったり、わが身をふりかえっても困難なチャレンジだとは思います。今回整理した、目的から考えおろすアプローチを練習します。

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