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コンセプトノート

784. 勝率でなく得失点差を考える

スキル向上は勝率で評価すべし

スキルトレーニングを提供する側が積極的に応えるべきなのが「これで自分の問題は解決できるのか」という問いです。

たとえば会議のファシリテーション。「わたしの上司は頑固で感情的で強引で☆※#で会議にならないのだが、このやりかたでうまくいくのか?」といった疑問を表明する方は少なくありません。

そんなときに、しばしば勝率の話を差し上げます。

そのような難しい状況であれば次回も失敗する可能性が高い。しかし、学ぶ前の10回と学んだ後の10回の会議の成功率を比較すれば、優位な違いが出てくるはず。原則を理解して実践する効果はそういった現れる方をするので、プロ野球の打者が打率を競うごとく勝率を上げるつもりで取り組んでみてほしい。そういった話です。

人生の多くは総得失点差ゲーム(なので勝率では測れない)

そんな発想に慣れてしまっていたせいか、「勝率に惑わされない」という見出しにハッとさせられました。読んでいたのは『不確実性 超入門』です。著者の田渕 直也氏は金融畑を歩んでこられた方。

先にプロ野球のバッターの例を挙げました。プロ野球自体も、シーズンを通じた勝率を競います。しかしそのようなケースは『現実の世界ではむしろ特殊』と著者は述べます。

たとえば株式投資は、ある程度の期間にわたって積み上げられていった利益と損失のトータルが成功の尺度となる。「勝率」や「勝ち星の数」ではなく、「総得失点差」を競うものなのである。人生をゲームにたとえることはよくあるが、そういった意味では、人生の大半はこのような総得失点差を競うゲームであることが多いだろう。

局所戦の勝率ではなく、総合的な得失点差が重要。たしかにその発想は多くの局面に当てはまります。

会議の成功率が上げられたとしても、重要な会議で致命的なミスをして(極端な話ですが)解雇されてしまっては、それまでです。

『7つの習慣』には「信頼残高」という概念が登場します。1の信頼を99回積み上げても、100の信頼を失う振る舞いを1回してしまえば、信頼残高はマイナスです。

逆に、トータルでプラスを得るために局所的なマイナスを甘受すべき、あるいは必要だという考えもあります。商品開発は千三つ、事業は一勝九敗といった言葉も、局所戦の勝率でなく総得失点差から発想せよというメッセージでしょう。

ウィルス感染との戦いでは、感染の波が複数回に分かれて襲ってくることが過去の経験から知られているそうです。すべての波が収まった段階での被害を最小化するという「総得失点差」発想で考えると、第一波を押さえ込んだ国、そうでない国、それぞれ違った戦略を採る必要性が見えてきます。

では、局所戦の勝率はどうでもよいのか。冒頭の会議ファシリテーションの例でいえば、日々の会議の成功率は気にするなという話なのか。そうではありません。日々の成果があったから、キャリアの浮沈がそれにかかるような重要な会議に参加できたのでしょう。結局どう考えるべきなのか。

予測し、予測できない未来に備える

ヒントが、著者が本書の冒頭で揚げていた【未来の公式】にありました。

未来=〝すでに起きた未来〟(予測可能な未来)+不確実性(予測不可能な未来)

要するに、不確実性の高低で成分分解せよということです。

スキルトレーニングによって会議がうまく運べるようになれば、個人にとっても組織にとっても成果につながる。これは一般論としてほぼ予測可能な未来と言ってよいでしょう。

一方で、それまでの蓄積が台無しになるような失敗も、起きるかもしれない。これは不確実性です。

不確実性をなくす確実な方法はないわけですが、備える方法はあります。本書の著者は金融畑なので、不確実性が現れる頻度や大きさを見積もること、リソースを分散させること、不確実性に人がどう惑わされるのかをよく理解することについての解説がありました。勝率でなく総得失点差を考えよというのも、まさに資産運用において有益なアドバイスです。

通読して感じたのは、(1) 大負けを避けるという戦略の重要性、そして、(2) それでも大負け状態になったときにどうあるかという覚悟の重要性です。

(1) 金融資産も、キャリアも、健康も、信頼も、予測可能な未来を築く(局所戦でコツコツ勝率を上げる)行為が重要だと考えています。でも、その蓄積が一気になくなるようなできごとも、残念ながら起き得ます。すくなくとも自分からそれを招くような戦略は採らないでおこうというのが一つめの感想。

(2) 世の中のできごとはだいたい平均から3標準偏差以内に収まる(Wikipedia)わけですが、厳然として外れ値は存在します。事象によっては、外れ値が多い(ファットテール)かもしれません。

予測もできない事態に陥ったときに自分がどう感じるかを予測するのは二重に困難なわけですが、それでも想像だけはめぐらせておきたいと感じました。優れた物語などにヒントを求めてみようかと思います。

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