感情と思考とは同時に働かない
感情と思考とは同時に働かないことを示唆する文章に出合いました。
脳は非常に効率のよい働き方をしており、めいっぱい頭を使っているようでも、脳の全体をフル回転させることはありません。脳は、その内部で機能分担がなされていて、必要な部位だけを使い、その際必要のない部位の活動を落とすのです。特に、認知的な活動をしている部分と情動的な活動をしている部分は、逆方向の変化を示します。このふたつの領域が相互抑制的に動くのです。働いている脳部位では血流が上昇し、それ以外は血流を落とします。(太字は引用者による)
『ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア』
実験によれば、計算問題を解いている(=認知的な活動をしている)間は腹側前帯状回の血流が落ち、目の手術ビデオを見る(=強い情動が起きる)と前頭前野背外側部の血流が落ちたそうです。腹側前帯状回は情動(注1)が喚起されているときに、前頭前野背外側部は認知的な働きをしているときに、それぞれ活動が強まる部位です。そこらか上記の引用文のような結論が導かれています。
この文章を読み、いままで抱えていた疑問に一つのヒントが与えられたように感じました。
EQ理論(EI理論)は、情動を思考(認知)と統合する知能に関する理論です。この理論を学んでいて今ひとつ腑に落ちなかったのは、ひらたくいえば「情動知能を高めるとは、感じつつ考える力を高めることなのか?」という点です。EQ理論では、情動知能は情動の識別・利用・理解・調整といった能力に分解され、それぞれの能力を高めることが可能です。しかし情動を識別しつつ調整していけるのか、それともどんなに速いプロセスであっても識別し、調整するというステップを踏むのか、よく理解できていませんでした。
冒頭の引用部分から学べるのは、情動が起きているあいだは考えづらいし、考えているあいだは情動が起きづらくなっているらしいということです。
思考と感情のフィードバックループを作る
ここまでの知見を意志決定にどう活かせるか。たとえば大きな決断のプロセスを考えてみます。しっかり考え、紙に書いて決断のロジックを作ったものの、しばらくしてからそれを眺めると、すこし違和感を感じることがありますよね。なぜ作りながらおかしいと感じなかったのかといえば、懸命に考えているあいだは情動シグナルの発生が抑制されているからだと解釈できます。自然なことなのです。
ですのでその違和感(識別した情動シグナル)を無視せずに、認知的活動にフィードバックする(=そう感じた理由をよく考える)というループを意識することで、よりよい意志決定ができるのではないでしょうか。
わたしのふだんの仕事に当てはめて考えてみると、企業研修のプログラム作成などでもそんな経験はあります。自分なりには完結した論理で組み上げたはずのコンテンツなのに、時間を置いてパラパラめくってみると、どうも「イマイチ」という感じが拭えない。それはただの「感じ」なのですが、すこし粘って考えてみると、参加者目線で考えていなかったことに気がついた、といったことがあります。よくあるといっていいかもしれません。次の機会には、この繰り返しを意識的に、頻繁に行ってみたいと思います。
注1:心理学用語としての情動は、(わたしの理解では)注意を向けるべき対象を知らせるための、意識への割り込み信号のようなものです。ヘビを見たら恐怖という情動が発動します。ただし情動は外からの刺激だけでなく、内側からの刺激でも起きます。以前の失敗を思い出して心臓が縮むような気持ちになるとき、やはり情動が起きています。