こんなもん化 (Satisficing)
1984年に出版されたロングセラー『影響力の武器』の著者、ロバート・チャルディーニの新著『PRE-SUASION :影響力と説得のための革命的瞬間』(誠信書房、2017年)を読んでいます。前著同様、エピソード盛りだくさんの、読みがいのある本です。
一つ、著者というより訳者の仕事で印象に残ったのは「こんなもん化」という言葉。
どんな意思決定者でも、複数の選択肢を忍耐強く比較検討するのは難しく、緊張を強いられる作業で、同時にいくつもの物体を空中に保とうとする大道芸人の芸にも似た離れ業です。結果として生じる(無理もない)傾向は、この骨の折れるプロセスを避ける、もしくは短縮するために、最初に浮かんだ実現可能な選択肢を採用するというものです。この傾向には、「こんなもん化」(サティスファイシング)と言う一風変わった名前がついています。
経済学者のハーバート・サイモンによる造語(”Satisficing – Wikipedia” を参照)を、本書のユーモラスなトーンを汲んでうまく訳したものだと感じました。
対抗説明 (Counter-explanation)
「こんなもん化」は限られた時間の中で意思決定をしていくために備わった傾向でしょうが、人間ならではの偏りのせいで、しばしば意思決定者を危うい方向に導きます。
その偏りとは、たとえば「肯定的検証方略」。本書では『ある可能性が正しいかどうかを判断するとき、人はたいてい、はずれではなく当たりを探します。反証ではなく確証を探すのです』と説明されています。
結果としてどうなるか。
大きなチャンスが見えて興奮状態にあるとき、意思決定者は戦略がうまくいった場合にどんな利益が得られるかばかりに目を向け、それが失敗したときにどんな損失をこうむるかにはあまり、というよりもまったく注意を払わないことがわかっています。(太字は引用元)
この過剰な楽観主義と戦うためにはどうするか。意思決定科学の研究者たちが「簡単に実施でき、しかも偏った判断を正すのに驚くほど効果的」であることを明らかにしているという方法が紹介されていました。
計画的に時間を取って、自分では考えつかないことの多い二つの問い、「このプランが失敗するとしたら、どんな事態が生じる場合だろう」「もしこのプランが失敗したら、自分たちはどうなるだろう」と、取り組むことです。
著者が引用している論文に目を通してみると、この手法は “Counter-explanation” と名づけられていました。「対抗説明」と訳せるでしょうか。
漠然とした根拠探しでは不十分
意思決定にあたってよく用いられる戦術は、まず仮説を立て、検証のために「Why(なぜ)/True(本当に) それが最善と言えるのか?」と問いかけるやり方です。これらの問いに答えようとすると、他の選択肢との比較や判断基準の見直しが織り込まれます。その結果に応じて仮説が修正され、根拠に基づいた妥当な意思決定を導けます。
しかし、そういった意思決定スキルのトレーニングに携わってきた経験を振り返ると、論理的にも感情的にも Why? True? の問いに答えきるのは容易ではありません。仮説を立てた時点で「反証でなく確証を探す」スイッチが入るためです。
「対抗説明」戦術がよいと思うのは、強制的に反対の立場に身を置かせてくれる点です。
意思決定の誤りを仮定し、「間違うのはどんな場合か?」「間違ったらどうなるか?」とシミュレーションさせる。このくらい強い問いを用意しておけば、たしかに「こんなもん化」的楽観主義を補正するのに役立ちそうです。