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コンセプトノート

724. 本質などわからない。とりあえず打てる手を多く持つ

人体でいえば……

ロバート・キーガン(ハーバード大学教育学大学院教授)らは、個人が変革を望みながら実現できないメカニズムを、“変革をはばむ免疫機能”と呼び、その理由を次のように語っています。

「免疫」という医学的な比喩を用いたのには理由がある。このメカニズム自体は悪いものではないと伝えたかったのだ。医学上の免疫機能はきわめて優れたメカニズムであり、ほとんどの場合は素晴らしい役割を果たしている。(略)しかし、ときには免疫機能が健康を脅かす場合もある。病気の治癒や健康の維持に必要な物質を体の外に弾き出すケースがあるのだ。(略)作動ルールの修正が必要なことに気づいておらず、本人を守っているつもりで、実際には深刻なリスクにさらしてしまう。

―― 『なぜ人と組織は変われないのか――ハーバード流 自己変革の理論と実践』(英治出版、2013年)

免疫機能は、病原菌を弾き出して健康を守ります。“変革をはばむ免疫機能”が守ろうとしているのは、ひらたくいえば信念です。人には、その人の成功を支えてきた信念を強力に守る機能が備わっており、キーガンらはそれを人体の免疫機能になぞらえました。

真因はわからなくても、治さねばならない

しばらく前に読んだこの本を思い出したのは、友人のAさんから医者についての話を聞いたからです。最近、獣医を含む複数の医者と話す機会があったAさんは、彼(女)らが「わからない」と言う様子を描写してくれました。

診察をして、データを取って、ここがこうなっていると診断をする。患者(の飼い主)としては、当然「なぜそうなったんですか?」と聞きます。しかし名医と呼ばれる医者でも、というか名医よとばれる医者ほど、あっさり「わからない」と言ってくれる。そういう誠実さがあるという話でした。

分析によってある程度の原因までは突き止められたとしても、真の原因はわからない。それでも、患者の健康は回復させねばならない。そのために、対症療法であっても、現状を変えられそうな手段をいくつか講じてみる。経過を見ながらまた次の手を考える。

「わからない」はずの原因を “洞察” してしまう

当然と言えば当然で、患者としては、憶測で投薬や手術をされては困ります。しかし、これを日頃の仕事に引き寄せてみると、「わからない」と言ったり聞いたりするシーンは、実際のわからなさかげんからすると意外に少ないかもしれません。

専門としている領域について「わからない」と言うのは、難しいことです。わたしでいえば、ある企業にお邪魔してマネジャーの方々の問題意識をヒアリングしたとします。顧客から「それで、わが社の問題の本質は何か?」と聞かれて、つまり問題の原因を問われて「わからない」とは言えません。

まずは自分の知識に照らして、得られた事実から引き出せる解釈を述べるでしょう。そのうえで、ここから先は推測だが、と断りを入れたうえで、原因についての仮説を述べると思います。顧客も、その仮説を期待していると思います。自社では思いつかないほど独創的で、真因を捉えていると思えるほど妥当性を感じられるような原因仮説を。

本来なら「ここから先は、わからない」というべきなのに、その期待に応えたいという誘惑や応えねばならないというプレッシャーに負けて、推測を重ねてしまう。それがもっともらしくなると “洞察” に昇格して、顧客もわたしも、問題の本質を捉えたかのように錯覚してしまう。

もちろん仮説検証式の進め方が悪いわけではありません。ただ、しょせんわからない事象の真因を探ることに多大な時間を費やしたり、推測を重ねて真因らしきものを特定したりするよりも、良い方法があるのではないか。Aさんの話はそんなことを考えさせてくれました。

「とりあえず打てる手」を多く持つ

病気の真因をずばりと当てられるだけが名医の条件ではありません。手に入った情報から「わかること」と「わからないこと」を弁別する。わからないからといって思考停止せず、豊富なバリエーションから何らかの手を打つ。そのサイクルを回して、よりよい解決策を見出していく。そういった実践的な問題解決者が名医と呼ばれるのでしょう。

そういったスタイルを自分の仕事のやり方と比べると、「とりあえず打てる手の在庫を増やす」ことを心がけたいと感じました。

たとえば、分析の時間を従来より短く区切ってみる。ブラックボックスと見なす原因をこれまでより大きくするかわり、わかったことに基づいて、効果がありそうな小さな打ち手を複数考える。実際にシステムに刺激を与えてみて、その反応に基づいて次の打ち手を考える。原因療法から対症療法にすこしシフトする代わり、診断→対策のサイクルを速く回すイメージです。

これまで1周と捉えていた問題→分析→解決のサイクルを、3倍の速さで3周させることで、解決効率が高まらないか。そうするためには、どんなスキルを磨くべきか。日常の問題をそんなふうに捉え直してみるのも面白いのではないでしょうか。