敬意は人のためならず
自己肯定感を高めよう、と思うと、どうしても「自分の好きなところを見つけよう」「もっと自分の感覚に正直になろう」など、「自分」を中心としたアプローチになりがちです。
しかし、そうしたアプローチがうまくいくことはあまりないでしょう。
(略)
ですから、本書では、あえて、「他人をリスペクトすること」を、自己肯定感を高めるカギにしていきます。
『自己肯定感、持っていますか?』の、「はじめに」からの引用です。著者は対人関係療法の専門医、水島 広子博士。「自分をリスペクトするためにはまず他人をリスペクトすべし」という逆説的な主張にひかれて一気に読んでしまいました。
他者をリスペクトするという行為の定義については前回(「世の中はオールリンピック」に)まとめました。書籍では、どうしたら他者をリスペクトできるのかの解説を経て、他者へのリスペクトがなぜ自己肯定感を高めるのかが述べられています。そのメカニズムが象徴的に表現されている部分を引用します。
「自分」に目を向けている限り自己否定しか出てこないかもしれませんが、「相手」に目を向けて、相手をリスペクトしていくと、その「リスペクト感」が自分にも及んでくるものです。
(略)
つまり、「人間、みんな頑張っているな」という感覚が出てくるのです。(P106)
言ってみれば「敬意は人のためならず」なのです。
「リスペクトの空気」を一緒に吸う
一読、「なんと豪快な論理なんだ!」という感想を持ちました。論理というか「人間、そういうものだ」という宣言で寄り切られた感じです。実際、著者はこう続けています。
『なんと言うのでしょうか。「リスペクトの空気」を一緒に吸うという感じでしょうか。』
著者に「なんと言うのでしょうか」と言われても、こちらが困ってしまいます。
でも不思議と、納得できる主張でした。「ああ、たしかに」と、すっと思えました。この納得感の理由を掘り下げてみたくなりました。
まず、ここに至るまでに本書の半分を費やして外堀を埋めてくれたため、著者への信頼性が高まっていたという事情が挙げられます。他者をリスペクトするとはどういうことなのか、どうすればそれができるのかといったことを順を追って説明してくれており、それらに納得感がありました。
そのような信頼の基盤のうえで『相手をリスペクトしていくと、その「リスペクト感」が自分にも及んでくるものです』と書かれると、著者のメッセージを信じてあげたくなり、その主張が成立しそうなケースを自分の経験データベースから探してしまいます。もしこの主張が本書の冒頭にあったなら、内省などせぬまま「そう言うなら証拠を示してほしい」などと思っていたことでしょう。
もとより自然科学のように法則がある話でも、社会科学的な実験が積み重ねられた領域の話でもなく、客観的に根拠づけるのは難しい話です。それでも、多くの人に伝えるべき重要なメッセージだと信じるだけの臨床経験があったので、本書を著したのでしょう。
このように著者の事情を(それが合っているかいないかに関わらず)想像したことで、著者の重要なメッセージを根拠が薄いと退けずにすんだ。そして自分なりに汲み取れるものがあった。まさに、読み手としての自己肯定感を高めてくれる経験でした。
ふと、「コミュニケーションにおける慈善の原則」というノートで紹介した次のリストが浮かんできました。
- 相手は言葉を通常の用法で使っている。
- 相手は真実を述べている。
- 相手は正当な議論を立てている。
- 相手は興味深いことを言っている。
コミュニケーションにおける慈善の原則 – *ListFreak
こうして眺めてみると、相手をリスペクトするための原則ともいえます。哲学者が提唱した建設的な議論のための原則は、めぐりめぐって自己肯定感の向上にも資するようです。