カテゴリー
コンセプトノート

620. ウォームダウン

幸福は注意を向けて製造するもの

私はこの本をどうやって締めくくろうかと長い間一生懸命に考えてきた。それというのも、これまで学んできたとおり、一番最後が最も記憶に残るのだから。だから、もう一度言わせてほしい。

ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの行動科学教授ポール・ドーランは、著書『幸せな選択、不幸な選択』(Happiness by Design: Change what you do, not how to think)で、ピーク・エンド効果(経験の印象が最高と最後の瞬間に左右されること)を読者に意識させたうえで、本文をつぎのようにしめくくっています。

未来の幸せでいまの不幸を埋め合わせることはできない。失った幸福は永遠に失われたままだ。いまこそ、エネルギーをたっぷり蓄えた注意製造プロセスの力を借りて、日々の生活のなかに快楽とやりがいを探し始める絶好のときなのだ。

このまとめに詰め込まれた本書のエッセンスを、備忘録をかねて簡単にまおめておきます。

まず注目すべきは「快楽とやりがい」という言葉。幸福にはこの両者が必要という主張を、著者は「 快楽とやりがいの法則」 (PPP, Pleasure-Purpose Principle) と名づけています。

次に「注意」。著者はこう述べています。
『幸福は「自分の注意を何にどう割り振るか」で決まる。あなたが注意を向けるものが、あなたの行動を決定し、あなたが幸せになるかどうかも決める。注意とは、生活をまとめあげる接着剤のようなものだ。』

最後に「製造プロセス」 (Production Process) 。この言葉には、幸福は自分の選択で作り出せるというメッセージが込められています。自分を幸福にするものに注意を向ける決断をする。それらに注意を向け続けるための仕組みをデザインする。そして実行していく。著者はこれを決断(Decideing) ― 設計(Designing) ― 実行(Doing) の3Dモデルと呼んでいます。

ゆっくりウォームダウンしよう

実は、最後の文章以上にわたしの印象に残ったのは、この文章がおさめられた項の見出し「ゆっくりウォームダウンしよう」でした。

「クール」ダウンしよう、だったらちょっとがっかりしていたと思います。ふつうはウォームアップして本番に入り、クールダウンによって戻るわけですから、セミリタイヤを勧められているかのように感じたことでしょう。著者が勧めているのは、あくまで自分を幸福にするものに注意を向ける決断をすること。その意味では、この製造プロセスは人生の「ウォームネス」(あたたかみ)を上げるためのものです。

一方、日々の生活のなかに快楽とやりがいを探していくことは、結果として仕事のペース「ダウン」を意味するでしょう。

そのように解釈すると、「ウォームダウン」という言葉は、先に引用した本文最後の文章の要約として的を射た表現に思われます。

さらによいのが「ゆっくり」という修飾語。これは原著では (slowでなく) “gentle” です。(「ゆっくりウォームダウンしよう」は “A gentle warm-down”)。わたしなら「穏やかに」という言葉をあてたでしょう。

生活は、急にはなかなか変えられません。決断 ― 設計 ― 実行のプロセスで注意の配分を調整しつつ、より暖かいほう、つまり日々の生活のなかに快楽とやりがいを感じられる方へと、穏やかにシフトチェンジしていく。そんなイメージを「ゆっくりウォームダウンしよう」(“A gentle warm-down”) に感じました。