笑顔は社会的な磁石であり、信頼性の測定器であり、怒りを和らげる装置であり、ほつれた人間関係の絆を修復する絆創膏であり、社会的な結びつきが順調に作動するようにしておくための潤滑油でもある。
マリアン・ラフランス『微笑みのたくらみ』からの引用です。微笑(笑顔)についてのとても充実した論考が並んでいます。今回はすこし多めに引用していきましょう。
微笑みは社会生活を送るうえで重要である
微笑む人が肯定的な印象を持たれがちなのは、われわれの経験からして明らかです。もちろん研究もされています。原書も訳書も参考文献が添えられていますが、ここでは本文だけ紹介します。
ある研究で、実験参加者は、同一人物の顔を評価するように依頼された。ある顔は微笑んでおり、別の顔はそうではなかったのであるが、微笑んでいた顔は、より魅力的で、知的で、誠実で、いうまでもなく、社交的で、親切で、有能であると判断された。
(略)
非常に短時間の笑顔でも、それを見た人を即座に肯定的な気分にさせるのに十分であり、見た人は、その気分がどこから来たものかも自覚していない。
もちろん、笑顔には副作用もあります。その例も山ほど挙げられていますが、ここでは割愛します。
でも、微笑まない・微笑めない人がいる
一方で、そのような有用なツールを使わない人たちもいます。わたしの日常においては、たとえば企業研修の場で多く見かけます。一般的に、そういう場は堅い雰囲気で始まるものの、アイスブレークを経て笑顔が増えていきます。しかし、かたくなに表情を変えない人もいるのです。なぜか。典型的な動機として、著者は自己防衛を挙げています。
ときおり笑顔を見せるだけであっても、それを見苦しい感情の表れとみなす人たちがいる。彼らが感情を抑制しようとする動機は、しばしば自己防衛的であり、感情を表さなければだれも自分に影響を与えることはできないだろう、という論理である。これは、普通はうまくいく。しかし、感情を表していれば支えてくれたはずの人たちも遠ざかってしまうことになる。
表情を変えない人の動機は、実際にはわかりません。いま引用したように自己防衛のために笑顔を作らない人もいれば、内心は笑った方がいいかなと思いつつうまく笑えない(笑うスキルが低い)人もいます。ただ動機はどうあれ、結果は同じです。「感情を表していれば支えてくれたはずの人たちも遠ざかってしまう」のです。
それが目に見えるのは、ファシリテーションのように場の協力が必要なスキルのトレーニングです。数人のグループに分かれて疑似会議を催し、グループ内で順番にファシリテーターを務めながら練習をしていきます。すると、同じ議題で複数のグループが話し合ったり、同じグループが違うファシリテーターのもとで議論を進めたりする様子を観察することになります。
結果として、同じスキルを学んでいるにも関わらず、ファシリテーターによって場の発言の量や議論の深さにかなりの違いが生まれます。考えられる理由はいくつかありますが、ファシリテーターの雰囲気づくりの巧拙は主な要因の一つであり、その雰囲気づくりを支えるツールの一つがファシリテーターの表情、とりわけ笑顔にあると思います。
しかし、日頃笑わない人が、急に笑顔を作るのは難しいことです。やや逆説めきますが、温かみのある自然な微笑も、実のところは訓練によって上達するスキルの一つだと、自分の経験から思っています。
微笑もまたスキルである
わたしはプロ講師ではなく、講師業としては論理的思考や問題解決系のトレーニングをほぼ専門としていました。しかし「知情意をともなった意志決定」のために欠かせない要素である感情的知能を学び、ここ数年は感情マネジメントのトレーニングを手がけるようにもなりました。
その過程で、わたし自身もっともメリットを感じているのは、笑うという「スキル」を学んだことだと思います。場にふさわしい笑顔のつくりかたを練習したことは、論理的思考のトレーニングのような、通常は笑顔があまり生まれず、どちらかといえば殺伐としがちな場をリードするときにわたしを助けてくれました。
場にふさわしい笑顔のつくり方には、2種類のトレーニングが必要です。1つめは筋トレ。よく、口角をあげるために割りばしを噛んで云々、というメニューがありますよね。あれはやはり有用なトレーニングです。
2つめは感情のトレーニング。筋トレになぞらえるなら「感トレ」です。人はつくり笑いを見抜くのが上手です(その能力も完全ではないことが本書で示されていますが、これも今回は割愛)。デュシェンヌ・スマイルと呼ばれる自然な笑顔は、演技でつくるのが難しいからこそ、冒頭で引用したように「社会的な磁石」や「信頼性の測定器」として機能するのでしょう。
真の笑顔が作為的には作りづらいならば、トレーニングすべきは、笑顔が自然な感情の発露として出てくるような気持ちをつくる技術ということになります。その技術のベースには、現在の自分の気持ちを感じる技術があります。まずは気持ちの現在地を知り、適切な状態にまで気持ちを動かすことができれば、あとは筋トレの効果を発揮するだけです。
コンセプトノートを読み返してみると、2009年末に感情を来年の研究テーマに据えたいという文章を書いています。その半年ほど前を起点として、毎回の講義後のアンケートなどを手がかりに改善を試みはじめて、6年が経ったことになります。まだまだ、ではありますが、一定の手応えは感じています。