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コンセプトノート

511. 人格的知能(Personal Intelligence)

感情的知能理論の成熟

今週、個人的に注目していた本が発売されました。1990年にEI理論(EQ理論)を提唱した、ニューハンプシャー大学のジョン・D・メイヤー博士の新著 “Personal Intelligence: The Power of Personality and How It Shapes Our Lives” です。『人格的知能:パーソナリティの力がわれわれの人生をどう形づくるか』と仮訳しておきます。ちなみにAmazon.co.jpで電子書籍版を予約しておいたところ、日本時間での発売日になって1時間足らずでダウンロードできるようになりました。時差を考えると、世界で最も早く読み始められた幸運な読者の一人かもしれません。実はまだ読み通せていないのですが、本の紹介と自分の理解の整理を兼ねて、大枠だけでも紹介しておこうと思います。

一般に「IQだけでなくEQが大事」というとき、それは「理だけでなく情が大事」という言葉とほとんど同じです。言ってみれば、ロジック以外のすべてをEQという言葉で代弁しています。EQという言葉が広く知られるようになった理由の一つは、このような「IQで掬えないものすべて=EQ」であるかのような定義の曖昧さにあると思います。 これは洋の東西を問わず起きている現象です。今回の本で、博士は次のように述べています。 『EQブームの中で、一部のジャーナリストがわれわれの理論を大きく踏み越え、感情的知能を個人の全人格と同一視するようになった。彼らは意図、特質、動機、あるいは人生の物語といった、感情と同じくらい重要なものについてはほとんど言及しなかった』

実際には、メイヤー博士らが提唱した感情的知能理論(Emotional Intelligence Theory)は、文字通り情動(emotion)を扱う知能(intelligence)「だけ」を体系化したものです。これは能力モデルとしては厳密ですが、実用性という観点からいえば十分ではありません。そこで、感情的知能を発揮した結果である行動を体系化する取り組みを始めました。『EQ~こころの知能指数』で知られるダニエル・ゴールマンが採用しているのはこちらのアプローチに近く、彼は自身の体系を「EQコンピテンシー」と呼んでいます。

メイヤー博士らのEI理論そのものは、2005年あたりから成熟期に入っているといえると思います。別の表現をすると、最近の発表は応用事例やポジションの明確化(EI理論が何であって何でないかをはっきりさせること)ばかりで、理論そのものの深化・進展はありません。

感情的知能から人格的知能へ

EI理論に目処をつけた博士自身の興味は、感情からパーソナリティへと移っていきました。本書にはその過程も書かれています。2007年の夏には、パーソナリティについて「賢い」とは何を意味するのかという疑問への回答が形づくられていたようです。

“Personality”には、一般的に「人格」という訳語が当てられます。ただし、われわれが日本語で「あの人は人格者だ」と言うときに込めるような、「格」という言葉がもたらすニュアンスはありません。中立的に「ある人に、その人らしさをもたらしている性質」という意味合いです。

ではさっそく、理論の骨子を見ていきましょう。知能とは情報を用いて問題を解決する能力です。したがってPersonality Intelligenceとは、パーソナリティを情報として用いて問題を解決する能力です。その能力が発揮されるべき領域を、博士は4つ定義しています。

  • パーソナリティについての情報を見極める (Identifying Information about Personality)
  • パーソナリティのモデルを形づくる (Forming Models of Personalities)
  • 内なる気づきに基づいて個人的な選択を導く (Guiding Personal Choices with Inner Awareness)
  • 計画とゴールを体系化する (Systematizing Plans and Goals)

人格的知能(Personal Intelligence)が発揮される問題解決の4領域*ListFreak

ちょっとわかりづらいですね。引用元には、それぞれの領域の例が添えられていたので、それも訳したうえで、わたしの理解を書き込んでみます。

  • パーソナリティについての情報を見極める
    • (例)表情からパーソナリティを読む
    • (例)内省の方法を知っている

第1の領域は、問題解決のために他人や自分に関する情報を得ることです。人を観察することといえるでしょう。

  • パーソナリティのモデルを形づくる
    • (例)自分と他者の特質を分類する
    • (例)動機と意図を理解している
    • (例)防御的な思考を認知している

第2の領域は、観察によって得られた情報にもとづき、パーソナリティを解釈することといえるでしょう。観察結果と知識を組み合わせ、直接は見えない意図・特質・動機・人生の物語を含めて、人を理解することのすべてがここに含まれていると思います。

  • 内なる気づきに基づいて個人的な選択を導く
    • (例)個人的な興味を発見している
    • (例)自分のパーソナリティを念頭に置いて決定している

第3の領域は、解釈によって得られたパーソナリティを自分の決断に組み込み、自分らしい選択を導くことといえるでしょう。

  • 計画とゴールを体系化する
    • (例)満足できる人生の方向性を見つけている
    • (例)社会の期待に応えられるようにライフプランを合わせる
    • (例)人生において意味のあるテーマを見つけている

第3の領域がどちらかといえば一回一回の選択を指していたのに比べ、第4の領域が対象とするのはより長期的な内容です。いわば自分を方向づけることといえるでしょう。わたし自身は、このサイトでいう「意思決定」が第3領域、「意志決定」が第4領域だと理解しました。

自分らしく生きるための知能

まとめると、人格的知能とは「自分らしく生きるための知能」といえそうです。

博士がPersonalityに興味の軸足を移したと知ったとき、最初は、大変失礼ながら「性格は変えられる!」みたいな怪しい領域に足を踏み入れてしまったのかと思いました。実際はむしろ逆で、人間は環境さえ整えばいくらでも変わっていけるといった安直な考え方に釘を刺し、持って生まれたもの、変わらないもの、ある人をその人たらしめている一貫性もまた存在することを述べています。

理論には、提唱者の世界観が反映されます。EI理論では、感情的知能とは「感情を思考に組み入れて選択する能力」だというのが、わたしの理解です。PI理論では、人格的知能とは「パーソナリティを組み入れて生きる能力」だと、わたしは理解しました。

テーマは深淵ながら、論理展開がEI理論に似ているので、比較的読みやすく感じます。本書から学んだことは、おいおいこのノートで報告していきたいと思います。