ミニレビュー
魅力的なタイトルに加えて装丁がなかなか綺麗(イメージでは分かりませんが、題字が「きらめいて」います)で、思わず手に取ってしまいました。
複雑系やゲーデルの不完全性定理についての解説書などを手がけたサイエンス・ライターである著者が「考える」について考えた本。雑誌への連載をまとめたものなので、エッセイ風の仕上がりになっています。
ややペダンチックで、分かりやすい啓蒙書を読みつけているわたしには少々とっつきにくかったのですが、哲学、科学、そしてちょっと文学にまたがって「考える」を考えつづける著者にお付き合いしているうちに面白く読み通せました。
起-動線的に興味深かったところを挙げておきます。
ぐるぐる思考 → 一人勝ちの大波
著者は脳を単純なケミカルマシン(化学機械)と見なすやり方に反対し、反例としてうつ病を取り上げます。
うつ病は単一の神経伝達物質の問題ではなくフィードバックの調整機能の障害なので、ある特定の薬が必ず効くというのではなく、薬を替えたり、ときには服用を止めることで直る場合もあるとのこと。そこから著者は下記のように思いをめぐらせます。
現代はうつ病の時代ともいわれる。直接的にはうつ病者の増加が危惧されているわけだが、ひょっとするとそれ以上に、現代人の「考える」という行為そのものがうつ病的な「ぐるぐる思考」に侵食されつつあるのかもしれない。几帳面に情報を追ってはいるが、どれが重要で何が大切かの重みづけができず、結局は付和雷同的に一人勝ちの大波に飲み込まれてしまっている。
『月曜日、駅のホームで会社に行きたくなくなったとき読む本』でも、日本人はうつ気質であると書かれています。うつ気質と「一人勝ちの大波」の因果関係について、著者と野村総一郎氏の対談からまとめてみると:
・うつの人はよく考える
→(しかし自ら重みづけができないので)考えるほど迷う
→迷い続けると疲れる
→「これが正しいんですよ」という価値観を時代が提供してくれると、それに従ってしまう
となります。
うつ病者の中心問題は「物事の重みづけができない」点にあった。言い換えれば、明らかな白か黒なら分かるが、灰色になると微妙な区別や判断ができなくなる弁別機能の障害である。
というのも起-動線的には見逃せない一文でした。この文章と、「うつは日本人気質の一部である」という他の本からの知見を組み合わせると、日本人は総じてグレーな状況では判断力のない傾向があるということになるからです。
個人の意志決定・選択・決断をテーマに据えている起-動線としては、もう少し深掘りして調べておきたいところです。
情報糖尿病 ― 情報飽食の時代の病
いわゆる先進国に話を限れば、景気の波の高低と平均的サラリーマンの血糖値の高低とが正確にシンクロナイズしているという統計もある
のだそうです。面白いですね。景気がいいとみんなたくさん食べる。ところが『人体は、少ない栄養(血糖)をうまく利用する仕組みは備えているが、多すぎる栄養を捨てるメカニズムは持っていない』ために、栄養過多が続くと糖尿病になってしまいます。
著者はこの話を情報に置き換えて考えます。少ない情報量を最大限に活用できるように進化してきたと思われる人間の脳に、いま大量の情報が流し込まれています。
大量の情報や誤報が流入してきたとき、私たちの脳はそれらを捨てる術を知らない。その結果、情報量と脳の仕組みとがミスマッチを起こしてしまっているのではないか。つまりは「情報糖尿病」である。無価値な情報でも量と流通頻度が大きければ人々は満足してしまうこと、またそこから生じる”一人勝ち”の現象は、情報糖尿病の”合併症”の一つとして理解できるのではないだろうか。
考える力を考えることがメンタルヘルスの増進に繋がると解釈して、このカテゴリに。