ミニレビュー
カリスマの、強く激しい半生記
訳者あとがきで、2005年6月にジョブズがスタンフォード大学の卒業式で述べた祝辞の一部が引用されています。
祝辞では、毎朝、「今日が人生最後の日だとしても、今日、する予定のことをしたいと思うか」と自問するという話も紹介された。(p525)
この言葉が嘘ではないのだと思えるような、生き方です。500ページ以上の大著なので最初は斜め読みで済まそうと思っていましたが、そうはいきませんでした。
本の中で何回か、非常に厳しい状況をジョブズがカリスマを発揮してくぐり抜けるシーンが出てきます。たとえば1984年にMacを発売する直前の話。
無理に無理をかさねてきており、ぶっ倒れる寸前だった。登山でも、熟練のクライマーが歩けなくなり、座り込んでしまう瞬間がある。スティーブ・ジョブズのもとで働くというのは険しい山に登るようなものだった。そしてスティーブは、例の救助犬のセントバーナードがブランデーを登山者に届けるように、みんなに新たな活力を注入した。事に臨んで立てと発破をかけたのだ。みんな、スティーブのめがねにかなった連中だった。失望させるわけにはいかない。口を開くものはいなかった。だまって立ち上がり、自分のキュービクルにもどる。それから1週間、眠ったものはほとんどいなかった。(p155)
部下には忠誠を誓わせる一方で、その献身に対して手厚く報いた事実はほとんどありません。著者のスタンスが中立ではないのかもしれません(全体に、ジョブズの人間性に対してやや批判的な印象を受けます)が、それを差し引いても教祖的なカリスマの持ち主であることは間違いないでしょう。
その力は交渉でも発揮されます。たとえば、iTMS(オンラインの音楽ストア)のスタートにあたり、大手5社から楽曲の提供を取り付けられた成功要因を、当事者がこう語っています。
「音楽業界を動かした最大の原因は、スティーブの意志の強さです。彼のカリスマ性と激しさが人々を動かしたのです」(p446)
強さと、激しさ。意志の力で成し遂げられることの大きさを感じることができ、元気をもらえる本でした。