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努力論


ミニレビュー

『「本の定番」ブックガイド―アナタが読むべき名著が一目でわかる』で紹介されていた本です。実はまだ読み終わっていないのですが時間が掛かりそうなので書評だけ先に…。

「努力せい」というだけの本ではありません

幸田露伴が明治の末から大正の初めにかけて著した「しあわせ論」とでも呼ぶべき小論集。解説から引用すると:

引用:

 

事実この本はあらゆる角度から心の持ちようによる違いを論じていて、これほど微に入り細をうがって幸不幸を心とか気とかの面から説いたものは、古今東西の幸福論の中でも他に類を見ない。しかもそれが西洋わたりの思想でなく、すべて三千年の純東洋思想から説いているから、読んでうれしくなるのである。

実際、他のキャリア論や人生観の本に通じるメッセージをたくさん含んでいます。しかも記述が具体的。

運命のせいにしない

例えば運命というものをどう扱うか。『「原因」と「結果」の法則』というベストセラーは、自らのうちに全ての結果の原因を求めろと言っていますね。環境や運命の存在を認めない立場です。

幸田露伴は、よく分からないが運命も個人の力も両方存在するのだろう、ただ成功者と失敗者ではそのとらえ方が違うのだと言い、こんな例を引きます:

例えば川の両岸にそれぞれ豆を植えた農夫がいたとする。洪水で左岸の堤防だけが崩れてしまったとしたら、これは天運というもの。しかし左岸の農夫が「自分の知恵が足らず、予想が十分でなかった」と反省し、来年は豆は高地に移し、低地には水害に強い作物を植えるなどの工夫を重ねていけば、好機が来ないとも限らない。昔から傑出した人は自分を責める傾向が強く、人を責めたり他を怨んだりするような人ではない。

「ラッキー」も狙ってゲット

もう一つ、「好ましい偶然を起こす」というノートにまとめたような話も、やはり例を引きながら語られています。

南風は、北に向かう舟にとっては「福」ですが、南に向かう舟にとっては「無福」です。風向きは予測できないから偶然に任せるしかないのかというとそんなことはない、というくだり。

引用:

 

 しかしながら福無福を偶然の運(めぐ)り合せであるとするのは、風に本来福も無福もないという理や、甲の福とする風は即ち乙の無福とする風と同一の風であるからという理があればとて、それは聊(いささ)か速断過ぎるのである。如何となれば風は予測し難いものには相違ないが、また全く予測することは出来ないものとも限られてはいないのであるから、舟を出さんとするに臨みて十二分に思議測量して、我に取って福利なる風を得べき見込を得たる後、初めて海に出ずるにおいては、十の七、八は福を享け無福を避け得るはずである故に、福に遇い無福に遇うを以って偶然の廻り合せのみに帰するということは、正当の解釈とは認められない理である。

偶然に支配される世界であっても、それでもよく準備をして、積極的に偶然を活かそうという心持で行動しよう。こう解釈すると、クランボルツらのキャリア理論 “Planned Happenstance” に通じるものがあります。

ただ難点は、上に引用したように読みやすくないところ。現代語訳があればもっと広く読まれるはずなのに、と思いました。