カテゴリー
コンセプトノート

785. 支援・敬意・信頼

1兆ドルコーチの前日譚

ハーバード大学ビジネススクールのケーススタディに、1980年代初めにアップルに入社したドナ・ダビンスキーという若きリーダーが社内で奮闘する様子を描写したものがあります(1)

仕事のために何回か読み直すなかで、彼女の上司の上司にあたるビル・キャンベルという人の役割が小さくないことに気づきました。登場回数は多くないながら、会社のためにもダビンスキー本人のためにもなる重要な支援をしているように思えたのです。

興味をひかれてダビンスキーのその後を追いかけてみると、キャンベルが助言や人の紹介などで支援を続けていたことがわかりました。ケースの中で部下のダビンスキーに「敬服する」と述べていたキャンベルの言葉は社交辞令ではなかったのです。

それらを調べたのは数年前ですが、昨年、思いがけないかたちでキャンベルのその後を知りました。『1兆ドルコーチ――シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え』という本がヒットを飛ばしていたのです。この本によれば、彼はシリコンバレーの多くの経営者をコーチとして支えていたとのこと。

彼は自分の名前が表に出ることを嫌い、また自分のやり方を方法論化することもなかったそうで、この本は彼の死後、彼にコーチングを受けた有志によって書かれています。ですので「キャンベルはこう言っていた」という仏教の経典のような形式にはなりますが、メッセージはよく伝わってきます。

「支援」「敬意」「信頼」

なかでも、『どんな会社の成功を支えるのも、人だ。』から始まる「人がすべて」という文章が印象的でした。彼はマネジャーに、部下への「支援」「敬意」「信頼」を求めています。

「支援」とは、彼らが成功するために必要なツールや情報、トレーニング、コーチングを提供することだ。彼らのスキルを開発するために努力し続けることだ。すぐれたマネジャーは彼らが実力を発揮し、成長できるよう手助けをする。
「敬意」とは、一人ひとりのキャリア目標を理解し、彼らの選択を尊重することだ。会社のニーズに沿う方法で、彼らがキャリア目標を達成できるよう手助けをする。
「信頼」とは、彼らに自由に仕事に取り組ませ、決定を下させることだ。彼らが成功を望んでいることを理解し、必ず成功できると信じることだ。

「支援」が筆頭に挙がっているのは頷けます。これはマネジャーの基本的な責務で、信頼と敬意があっても支援がなければ、放任・丸投げ・相手任せと同じことになってしまいます。

初読のときには、「敬意」と「信頼」がいくぶん重複しているように思えました。ただ、「信頼」とは部下が(目の前の)仕事をやり遂げる能力と意欲を信じること、「敬意」とは部下の長期的な望みを尊重すること、と整理すると、その視点の違いがわかってきます。部下を信頼していても敬意のないマネジャーは、自分や組織の都合だけで部下の仕事を選ぶでしょう。部下に敬意を払っていても信頼のないマネジャーは、部下に挑戦の機会を与えなかったり過剰介入(マイクロマネジメント)に陥ったりするでしょう。

支援・敬意・信頼の堅牢さをデータで確かめる

本書には、マネジャー抜きで製品開発を行う実験をしていたグーグルの創業者に向かって、キャンベルが
「ここにはマネジャーを置かないとダメだ」
と言い放つシーンがあります。

データがなければ納得しないエンジニア集団であるグーグルは、その後「プロジェクト・オキシジェン」を立ち上げます。これはグーグルにマネジャーは本当に必要なのか、必要ならばマネジャーはどんな行動をしているのかを分析するプロジェクトです。

その経緯と成果の概要が短い記事になっていますので、そちらにも目を通しました。結論だけ引用します(2)

  1. 優れたコーチである
  2. チームを力づけ、こと細かく管理しない
  3. チーム・メンバーの仕事上の成功と私的な幸福に関心を示し、心を配る
  4. 建設的で、結果を重視する
  5. コミュニケーション能力が高く、人から情報を得るし、また情報を人に伝える
  6. キャリア開発を支援する
  7. チームのために明確なビジョンと戦略を持つ
  8. チームに的確な助言をするための、主要な専門的スキルを持ち合わせている

◆最優秀マネジャーに共通する8つの行動(グーグル) – *ListFreak
https://listfreak.com/list/8890

この8行動を支援・敬意・信頼と結び付けてみると、キャンベルの経験からもたらされた持論は、優れたマネジャーの行動を根底で支える態度として適切であると思えます。

  • 支援:4, 5, 7, 8
  • 敬意:3, 6
  • 信頼:2, 3

残る1、リストの先頭に挙がった「優れたコーチである」という行動は、支援・敬意・信頼のどれかの発露というよりは、そのすべてを意識した行動だという整理が適切でしょう。

支援・敬意・信頼は、多くの経営者から支持されたキャンベル自身の持論でもあったのではないでしょうか。


  1. Jick, Todd D., and Mary C. Gentile. “Donna Dubinsky and Apple Computer, Inc. (A).” Harvard Business School Case 486-083, February 1986. (Revised September 2011.)
  2. カービンデイビッド A, and 高橋由香里. “コミュニケーション軽視の風土を改善する グーグルは組織をデータで変える (特集 アナリティクス競争元年).” Diamond Harvard Business Review 39.5 (2014): 44-57.

コメントを残す