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コンセプトノート

404. 調べる前に考えよ

調べる前に考えよ

 エール大学の浜田 宏一教授は、母校である東京大学に招かれての講演で、恩師であり後にノーベル経済学賞を受賞するジェームズ・トービン教授の思い出を語っています(1)。トービン教授は、文献を調べてきますと言った浜田氏をさえぎり、「先行研究を調べすぎてはいけない。自分の頭で考えなさい」というアドバイスを贈ったそうです。

 偶然にも、よく似た話を大前 研一氏の『洞察力の原点』という本で読んだところでした(2)

 ある日、その教授は私を研究室に招き入れ、一つの課題を提示して、私の考え方を聞きたいと言った。私が「図書館で調べてきます」と答えると、教授は「だめだ」と怒鳴り、こう続けた。

「この黒板を使って、自分で考えてみなさい。いまこの研究室にいる君と私がこの問題を解けなかったら、解ける者はほかにだれもいない。君も私も原理は知っている。いちばんうまくいきそうなやり方も心得ている。よそを見する必要はない。一人で解いてみようじゃないか。チョークはここにあるよ」(拙著『ボーダレス・ワールド』より)

「調べる前に考えよ」というのは、職場でもよく耳にする言葉です。われわれも言われたり、ことによれば言ったりしているかもしれません。しかし、ずば抜けた頭脳を誇る両氏が、キャリアの中で特筆すべき思い出としてこの言葉を受け取った瞬間を挙げているということは、それだけ「できているようで、できていない」「できていると思ってしまいがちな」アドバイスだということでしょう。

何をせず、何をするのか

 両氏が学んでいた環境では、調べものをするためには図書館に行く必要がありました。現在のわれわれは、図書館よりも膨大な情報に気軽にアクセスできるわけですから、よほどの自制心を持って臨まなければ、「調べる」誘惑には勝てそうもありません。そこでまずは敵を知るために、一般的なビジネスの文脈において、調べる・探す対象をリストアップしてみます。

 定義 … 用語や概念の説明
 事例 … 実際に起きたこと
 統計 … 事例を集めて読み取った傾向
 経験談 … 事例の当事者の話
 理論 … 事例を集めて見出した、あるいは何らかの原理に基づいたフレームワークやルール
 アドバイス … 経験者や理論家など、権威者の意見

 このなかで「定義」だけは、必要に応じて調べなければなりません。たとえば「経常利益」という言葉の目的や意味、算出式が分からなければ、それを上げるための方法も考えようがありません。それ以外は、まずは我慢するとします。

 さてあなたが上司だとして、部下に次のように言ったとしましょう。
「明日までに、○○について考えてほしい。ただし、事例・統計・経験談・理論・アドバイスを探してはいけない。」
部下は「では、何をしろというのですか?」と聞いてくるでしょう。そのときにどう答えたらよいのでしょうか。

 もちろん「何をするべきか、それを考えろ」と答えるのも一手です。ただしそこから考え起こしてもらうには、それに応じた時間がかかることを覚悟する必要があります。そこまで時間を費やせないので一歩だけ手を引いてあげるとすれば、何を答えたらよいでしょうか。

 ここはそれぞれの持論が問われるところで、こうでなければならないという答えはありません。ただ、およそ何か目的を立て、そのための手段を選ぶために「考える」のであれば、すでに色々な方法論が提案されています。自作のものを一つ紹介します:

  • 【めざすべき目的の再定義】 そもそも何がどうあるべきなのか?
  • ステップ1 [将来像] ありたい姿は何か?
  • ステップ2 [価値観] なぜ、その将来像なのか?真に重要なのは何か?
  • ステップ3 [目標] 具体的な到達点はどこか?
  • 【解くべき課題の定義】 その目的と現状とのギャップの本質は何か?
  • ステップ4 [分析] 目標と現状とのギャップはどこにあるのか?
  • ステップ5 [推察] そのギャップは何によって生じているのか?
  • ステップ6 [課題] 目標達成のために乗り越えるべき壁は何か?
  • 【解決策の実行と学習】 その課題をどう解くか?何を学んだか?
  • ステップ7 [選択肢] 課題解決のために何ができ得るか?どれを選ぶか?
  • ステップ8 [実行] どうやるか?
  • ステップ9 [学習] 何を学んだか?

汎用的な問題解決のサイクル*ListFreak

 このリストの工夫は、考えを促すために、すべてのステップが問いのかたちになっているところです。事例・統計・経験談・理論・アドバイスを抜きにしてこういったステップを一通り考えるのは、慣れないうちは相当な苦痛を伴う作業です。しかしアウトプットを見すえながら考えていくことで、調べものを必要最小限に抑えることができるので、結果的には楽に、望むらくは楽しく、なると思います。


(1) 2011/10/29 第10回 東京大学ホームカミングデイ 特別フォーラム「世界で学ぶ、働く、生きる」キーノートスピーチ
(2) 大前研一 『大前研一 洞察力の原点 プロフェッショナルに贈る言葉』(日経BP社、2011年)