「学んだ感」と身についたかどうかは別
研修に参加すると、よく最後にアンケート(参加者による評価、以下SET)を依頼されます。しかし、SETと学習効果の間に相関関係が無いのはほぼ確かなようです。
そもそも学習効果を客観的に測れるのか、授業や研修によって違うSETの差をどう吸収するのか、といった問題があって断言は難しいのですが、類似の研究のメタ分析(複数の論文の分析)をすることで、全体的な傾向を見ることはできます。
ジェフリー・フェファー『悪いヤツほど出世する』(日本経済新聞出版社、2016年)で引用されているそのような論文(1)は、「客観的に計測された学習効果と参加者による授業の評価(SET)には相関関係がない」と結論づけています。SETが測っているのは「学習に対する満足や学んだという知覚」、ひらたくいえば「学んだ感」のようです。
学習効果の測定がなされていないのは、教育プログラムの成果が上がらない理由の一つにすぎません。同書には『マッキンゼーのコンサルタントによる論文では、リーダーシップ開発プログラムが成果を上げられない理由を四つ挙げ』ているとありましたので、そちらの論文にも目を通してみました(2)。4つの理由だけ翻訳・引用します。
- 状況(コンテキスト)の見過ごし
- 学びの振り返りと実務への適用との分離
- マインドセットの過小評価
- 成果測定の失敗
リーダーシップ開発プログラムが失敗する4つの理由 – *ListFreak
内容を簡単に説明します。「1. 状況(コンテキスト)の見過ごし」とは、本来状況依存性が高いリーダーシップというものを、どんな状況でも等しく発揮すべき単一のスキルのように捉えて教えること。「2. 学びの振り返りと実務への適用との分離」とは、学んだ内容を実務でどのように活かすかについての関連づけが浅いこと。「3. マインドセットの過小評価」とは、人が行動を変えたがらない要因(性格や信念など)に十分な配慮がないこと。「4. 成果測定の失敗」は冒頭の議論。教育の質が参加者の満足度で測られるとなれば、教員もそれを重視せざるを得ません。
読書の学びを身につける4ステップ
上記を読んで、よく聞く「本を読んでも身につかない」という話を思い出しました。いわゆる教養書やビジネス書を読んで「面白かった/ためになった」と思っても行動が変わるにはいたらない、という話です。そこで上記のリストを参考に、読書の学びを身につけるコツを探ってみましょう。
たとえば尊敬する経営者が著書で「まかせてみなはれ」と書いていて、これに感銘を受けたとします。
まずは「1. 自分の状況(コンテキスト)を具体的に定義する」。これまでより多く任せるように行動を変えるのはよいとして、誰に何をどのようにどこまで任せるかは、そのときどきの状況しだいなはず。著者はどのような状況でそう言っているのか、自分の置かれている状況と何が同じで何が違うかを見極める必要があります。
その状況を踏まえて「2. どう行動するか、どんな成果を期待するかを具体的にイメージする」。部下のAさんにこの仕事を任せたら何が起きるか、3ヶ月はどうなっているかといったシミュレーションを行うということです。
そのシミューレションに含まれるのが「3. 内なる抵抗勢力に気づき、対処方法を設計する」。任せるときに生じる不安やマイクロマネジメントしたくなる気持ちを予測し、対処方法を考えておきます。
そして重要なのが「4.正しい成果を測定する指標を決める」。任せるという行動と、その結果として部下に期待する変化、最終的に反映されるべき業績といった状態を指標として決め、モニターします。
シミュレーションが重要
このように考えてみると、別のリストとの類似が浮かび上がってきました。「640. What-if(仮説を立て)、If-then(対策を練る)」というノートで紹介した、MCII(実行意図を伴う精神的対照)プログラムというステップです。
- 到達点を思い描く(テストでよい成績を取る)
- 達成したことで起きるよい結果を想像する(小遣いが増えるかもしれない)
- 起こり得る障害を考える(問題が難しいかもしれない)
- それを克服する戦略を考える(わからないことがあれば放課後先生に尋ねる)
MCII(実行意図を伴う精神的対照)プログラムのステップ – *ListFreak
両者に共通するのはメンタルシミュレーションの重要性。ちょうど年末ですので、テーマを一つ決めて考えてみたいと思います。
(1) Spooren, Pieter, Bert Brockx, and Dimitri Mortelmans. “On the validity of student evaluation of teaching the state of the art.” Review of Educational Research 83.4 (2013): 598-642.
(2) Gurdjian, Pierre, Thomas Halbeisen, and Kevin Lane. “Why leadership-development programs fail.” McKinsey quarterly 1 (2014): 121-126.