カテゴリー
コンセプトノート

403. 言の葉、言の幹、言の根

相手の思いや考えを、どのように促すか

 相手が自らの思いや考えをはっきりさせるために、何をどのように聞けばよいか。研修のような1対Nの場でも、意志決定コーチングのような1対1の場でも、常に直面する問題です。
 共感に満ちた聞き手がいるだけで、話し手は自らの思考を整理することができます(以下、このノートの中では「思いや考え」という意味で「思考」という言葉を使います)。相手の言葉をそのまま返す、いわゆるミラーリングやオウム返しは、話し手が自分の言葉で思考を進める助けになります。
 しかしもう一歩踏み込んで、話し手がさらに思考を深める支援をしようと思うと、とたんに難しくなります。勝手にまとめないとか、相手の言葉を使うとか、経験に基づいた心得が書かれた本はけっこうありますし、自分なりにもコツをまとめてはいます。ただ、そういった心得やコツの底にある原理原則のようなものを掴めればと思っていました。

クリーン・ランゲージ

 先日読んだ『クリーン・ランゲージ入門』は、そんなわたしにとってのクリーン・ヒットでした。以下は訳者はしがきからの引用です。

この「クリーン」は、どんな種類の「クリーン」なのでしょう?
 これは、前提やメタファーをできるかぎり「洗い落とした」という意味での「クリーン」です。(略)
 この「クリーン」な言葉づかいの質問を受けた話し手は、聞き手の前提やメタファーに左右されることなく、自分自身の言葉で語り、自分の課題・問題について、自分にとって最適・最善な解決策を自分自身で見つけられるようになります。

 話し手の思いや考えを、相手のメタファーをたどりながら聞く。自分の前提やメタファーによって、話し手の思考を「汚染」しない。この発想が、わたしにはとても響きました

 メタファーとは、主に「君は僕の太陽だ」といった修辞法を表す言葉です。しかしもっと広くとらえることもできます(1)
 たとえば、前のほうの段落で太字にした「思考を整理する」「思考を進める」「思考を深める」という言葉があります。わたしは思考の実体を知りません。すくなくとも物理的なモノでないことは明らかです。それなのに、(分けて)整理したり(前に)進めたり(下に)深めたりと、あたかもモノのように扱い、微妙な違いを表現し分けています。そしておそらくは、それほど違和感を感じられなかったと思います。

 思考をモノのように扱う表現はたくさんあります。思考を転がす、思考を固める、思考を温める……一般的でない表現であっても、意味は何となくイメージできるのではないでしょうか。これらは単なる比喩表現ではなく、われわれが思考をどのように理解しているかという世界観の反映です。考えた結果としてメタファーを用いているのではなく、メタファーで考えているのです。クリーン・ランゲージが相手のメタファーを尊重する理由はここにあります。

相手のメタファーを育てる

 クリーン・ランゲージではどのように質問をしていくのか、実際にやってみます。すこし前に、わたしはこの発想が「響いた」と書きました。これは「よく理解できた」ということのメタファーです。「響いた」の代わりに「届いた」でも「腹に落ちた」でも「納得できた」でもいいのですが、最初に思いついたのは「響いた」でした。

 ここで聞き手が「なるほど、腹落ちしたんですね」と安直に言い換えてしまうと、どうなるか。わたしは自分のメタファーを掘り下げるのを一時停止して、聞き手のメタファーで考えることができるかどうかをチェックします。その結果「そうそう、腹落ちということです!」となるかもしれませんが「うーん、ちょっと違います」となるかもしれません。相手の思考をよくよく理解できた後では、助け船としてメタファーの候補を出してあげるのは有益でしょうが、リスクも大きいということです。
 一方、もし聞き手が、「響いた」とはどんな感じなのか?何が・どんな音で・どんな響き方で・どこで・響いたのか?と、わたしの選んだメタファーを膨らませてくれたとしたら、どうなるでしょうか。
 書きながら自問自答したところによれば「自分の中の鐘が打ち鳴らされたという感じではなく、もともと震えていた何かと共鳴した」という感じです。思考を促す聞き方の原理原則みたいなものはモヤモヤとあったのですが、相手のメタファーを尊重するという考えに出合って、それがシュッと結晶化したという感じでしょうか。
 「響く」ではなくなってしまいましたが、よりよいメタファーを見つけられたのであれば、わたしにとっては望ましいわけです。

言の葉、言の幹、言の根

 せっかくなので、ここまで考えてきたことをメタファーで表現しておきたくなりました。

 われわれの思考(=思いや考え)とそれを表す言葉の間には、思考を言葉に変換するエンジンとしてのメタファーがあります。実のところメタファーは言葉であり思考そのものでもあるので、言葉−メタファー−思考の三層構造というわけではありませんが。

言の葉、言の幹、言の根

 言葉を言の葉(ことのは)と言い換えれば、メタファーは言の幹(ことのみき)、思いや考えは言の根(ことのね)と言えるでしょう。「あなたはこういう木ですね」と決めつけず、その言の葉はどんな幹から出ているのか、その幹の下にはどんな根があるのか、相手とともにたどってみようと思います。


(1) いわゆる概念メタファー。たとえば Wikipedia を参照