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コンセプトノート

592. 観じて察する

問題解決の現場で最低限必要なこと

以前、外食チェーンの店長の方々向けに、問題解決トレーニングを提供したことがありました。参加人数は100人超、時間は2時間。この制約の下でできることは限られています。

現場で働く皆さんにとって、そしてチェーン店を束ねる本社にとって、どんなスキルが重要か。われわれが考えたのは「観察」でした。問題の中には、その場で解決すべきものもあれば、本社に解決を委ねるべきものもあります。観察による問題の把握は両者に共通する重要なスキルです。特に後者については、現場から本社への正確な報告がなければ妥当な解決策には到達できません。

そこで5W1Hのような切り口(最初はWhyは除きます。原因を考え出すと妄想のスイッチがONになるので)を用いて状況を観察し、問題を発見・把握するようなエクササイズを考えました。

人類学における観察のフレームワーク

それを思い出したのは、ヴィジェイ・クーマー『101デザインメソッド ―― 革新的な製品・サービスを生む「アイデアの道具箱」』(英治出版、2015年)に目を通していたときでした。本書は、まず製品・サービスの革新(イノベーション)をデザインし実現するための7つのステップを定義します。そして、各ステップで使えるメソッドあるいはツールを、見開きページ単位でテンポよく紹介しています。その合計が「101」というわけです。アメリカでは「○○101」には「○○入門」という意味合いがありますが、入門書というよりはタイトル通り「道具箱」という印象です。というのは、それぞれの道具に2ページしか説明がなく、本書だけでは使えそうにない道具もけっこうありそうだからです。

それはさておき、7ステップの3つめが「人々を知る」で、ここには15の道具が収められています。エスノグラフィー(参考:「民族誌」 – Wikipedia)の専門家が開発した観察手法がいくつか紹介されていました。

なかでも、観察のコツとして覚えておきたい(そして実際に覚えられそう)と思ったのが、POEMSというフレームワークです。

  • 【People(人)】 そこには、どんな人がいるか。なぜそこにいるのか。
  • 【Objects(物)】 そこには、どんな物があるか。それぞれの関係はどうか。
  • 【Environments(環境)】 どのような活動の場があるか。
  • 【Messages(メッセージ)】 そこでは、どんなメッセージが伝えられているか。
  • 【Services(サービス)】 そこでは、どんなサービスが提供されているか。

POEMS – 状況観察のフレームワーク*ListFreak

観じて察する

5つのうちPOEは、おおざっぱに言えば「誰が・何を・どこで」ですから、観察するときには普通に含まれる項目です。残りの2つ、メッセージとサービスが、わたしにとっては新鮮でした。

人々はどんなチャネルやメディアを介してメッセージを授受しているか、人々の体験はどんなサービスに支えられているか。それらは観察可能ではあるものの、観察しようという意図がなければ認識されず、見過ごしてしまいがちな事象でもあると思うからです。

さらには、これは敷衍しすぎだとは思いますが、メッセージという言葉は言動の意味、サービスという言葉は言動の機能や役割という、目には見えない観察対象を示しているようにも思えます。

見えないメッセージ(言動の意味)を観察するとは、次のようなことです。たとえばある会議で、Aさんがマーカーを握ってホワイトボードの前に立ったとします。いろいろな組織の会議に参加させてもらったりファシリテーションのトレーナーを務めてきましたが、誰がマーカーを握るかは組織によって千差万別です。ある組織では若い人が書記を務めるために、またある組織では会議の招集者が議論をまとめるために、マーカーを握ります。いずれにせよこの時点で、場には明確なメッセージが放たれています。後者の場合、マーカーを握るのは会議を仕切る役割を務めるというメッセージであり、ある発言をボードに書かないのは、その発言が会議の論点ではないというメッセージです。

この会議をサービス(言動の機能や役割)という観点から観察することもできます。会議には発言を記録する機能、発散的にアイディアを出し合う機能、収束的に合意を形成する機能などがあります。いまわたしがこの文章を書いているPCが何十ものサービス(バックグラウンドで動き続けている小さなプログラム)に支えられているように、一つの会議はさまざまな言動が特定の機能や役割を分担することで成立しています。

実際に見えていないものについて推測しすぎるのは、観察眼を曇らせるもとです。とはいえすべてを観察し記録できない以上、注意を向けるべき対象を絞らなければならないケースも多いでしょう。

そう考えると観察を「観」と「察」のループとして捉えるのがよいように思えます。「観」では観たままの、ナマの情報を記録します。「察」は観じたことの意味・機能・役割などを考え、さらに観じるべき対象を特定する材料にします。

会議の例でいえば、発言を聞いていて(観)、まとめサービス(結論に向かうような機能を持った発言)がないことに気づいた(察)とします。まとめサービスの必要性に誰も気づいていないのか、それとも気づいているがうまく担えないのか。実はまとめを促すようなメッセージが誰かから発せられているのではないか。そのような小さな仮説を立てて、「察」したことの証拠を集めるべく、ふたたび「観」に戻ります。

この、「観」に戻るところが重要です。なぜそうなのか、どうすればよいのかといった「考察」を後に回し、現場ではしっかり「観察」に留まれれば、観察結果が思い込みや推論で汚染されるのを防げます。