対立を収めた司会のアイディア
二者の主張が対立する会議を、司会としてどうマネージするか。先日、そういうロールプレイ(役割を決めたうえでの即興的なグループ演習)をやりました。双方の主張をよく聞くのは重要ですが、ただ意見を聞いていくだけでは、逆に互いの違いが先鋭化していくリスクもあります。
あるグループの司会役がユニークな手法を考案しました。互いに、相手の案のメリットを敢えて述べてもらうのです。対立する気満々だった参加者役たちも思わず気を削がれ、議論は建設的な方向へと向かいました。司会に促されて仕方なくとはいえ、実際に相手の立場に立ってみると、その主張がよく理解でき、共感できる部分も見えてくるでしょう。
会議を進行させるためのこういった工夫は、司会の存在感、司会を含めた参加者の人間関係、議題の深刻度など様々な因子に左右されますので、いつも有効な方法が存在するわけではありませんが、その会議では司会役の選択が奏功しました。
視点取得 (perspective-taking)
他者の立場に立つことは視点取得 (perspective-taking)と言われます。これまでもつまみ食い的に学んできた言葉なので、一度まとめておこうと思います。
視点取得の能力は共感力の構成要素です。心理学で共感の測定に使われる、対人反応性指標(インターパーソナル・リアクティビティ・インベントリー)は4つの評価項目を定めていますが、その一つに視点取得があります。
- 共感的関心:他者に温かい気持ちを抱いたり、共感したり、心配したりする傾向
- 個人的苦痛:他者の感情に反応して自分が落ち着かなくなったり、不安になったりする傾向
- 視点取得:他者の視点を受け入れる傾向
- ファンタジー:架空の人物の気持ちや行動を想像上で経験する傾向
共感の4側面(対人反応性指標) – *ListFreak
視点取得がどのくらいできているかを測る指標を探してみたら、次のような段階が提唱されていました。
- 【視点0:自己中心的視点取得】 自他の視点の分化がなされず、 自己中心的である
- 【視点1:主観的視点取得】 自己と他者が独自の視点を持つことを理解できるが、自己の視点が強く反映されたものである
- 【視点2:二人称相応的視点取得】 視点を持つ行為者の個人主義の意識において、思考や行動がなされることを理解するが、第三者の視点からそれぞれの視点を合理的に調整することができない
- 【視点3:三人称的視点取得】 自他以外の第三者の視点に基づき、公平な観点からそれぞれの視点を調整することができる
- 【視点4:一般化された他者としての視点取得】 全人類を含む普遍的な視点に基づき、社会システムの観点から合理的な個人の視点を取ることができる
視点取得能力の発達段階 – *ListFreak
視座が高くなっていく様子がわかりやすいリストです。よく言われる「自分がして欲しいことを相手にせよ」というのは、これに照らすと視点1ということになるでしょうか。このリストは発達心理学者が作ったもので、視点4に到達するのは12歳以上となっています。
視点取得のアイディア
過去のノートから、視点取得に関係するものをいくつかピックアップしてみます。
「587. 小さな意地悪」では、人間が自分中心に考えがちであることを、小さなクイズから学びました。いま読み返してもフラットに考える難しさを感じます。
「627. よい俳優は3つの視点を持っている」では、俳優が役の視点、観客の視点、俳優の視点を併せ持っているという文章から、役を演じるように視点を切り替えるやり方を模索しました。
「630. ××に見える、○○な善意の人。」では、文章完成法という視点取得のトレーニング方法から自分向けのエクササイズを考案してみました。
今回、あらためて視点取得をキーワードに検索してみると、ロールレタリング (Role Lettering) という言葉が目に飛び込んできました(1)。これは他者との往復書簡を書いてみるという、一人で行うロールプレイです。自分と他者の会話(往復書簡)という形式にすることで、自他の区別がはっきりしそうです。
わたしの好きな問題解決方法の一つに、相談メールを書いてみる(だけ)というのがあります(2)。自分で返信を書くまでもなく、相談メールを書いているうちに相手の返信を自分で予測してしまいます。これはロールレタリングの最初の一回だけを実施しているようなものでしょう。
(1) 佐瀬竜一. “ロールレタリングが大学生の心理状態に及ぼす影響: 内省報告の分析を通して.” 常葉大学教育学部紀要 35 (2015): 73-83.