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コンセプトノート

691. 心理的安全のための視点取得

心理的安全

685. 成果をあげる組織=(信頼+敬意)✕責任」というノートで、「心理的安全」(psychological safety) に触れました。先週目を通した “High-Performing Teams Need Psychological Safety. Here’s How to Create It” (Harvard Business Review) によれば、Googleでの社内調査の結果、高い成果を挙げたチームが共通に持っていた唯一の性質がこの心理的安全だったそうで、やや流行語になっています。

その記事に、チームに心理的安全をもたらすステップがありましたので、見出しだけ意訳・引用します。

  1. 紛争には敵対でなく協働モードで接する
  2. 「人対人」として話をする
  3. 反応を予期し、対策を練る
  4. 非難の気持ちを好奇心に置き換える
  5. フィードバックを求める

「非難の気持ちを好奇心に置き換える」なんて、なかなかいいですね。実行は容易ではないでしょうが、覚えておきたいフレーズでした。

心理的安全のための視点取得

もっとも注意を引かれたのは『「人対人」として話をする』という項目。著者 Laura Delizonna が記事の中でフィーチャーしている、Google で Retail & Publisher Industry のヘッドを務める Paul Santagata は、チームのメンバーに『難しい交渉の相手も、我々とよく似た人たちであり、この交渉を幸福に終わらせることをめざしている』はずだと言って、次の言葉を反芻するよう勧めているとのこと。

  • この人には、信念や展望や意見がある。私と同じように。
  • この人は、希望や不安や脆弱さを抱えている。私と同じように。
  • この人には、友人や家族やおそらく愛する子供たちがいる。私と同じように。
  • この人は、尊敬や感謝や有能感を感じたいと望んでいる。私と同じように。
  • この人は、平和や喜びや幸せを願っている。私と同じように。

私と同じように(相手をリスペクトするためのフレーズ)*ListFreak

これは「689. 視点取得 (perspective-taking) のアイディア」に付け加えるべきリストですね。「この人は私と同じ信念を持っている」では「視点取得能力の発達段階」でいうレベル2ですが、「この人は私と同じように、この人なりの信念を持っている」と思えると、レベル3か4ということになるでしょう。

視点取得の具体例

偶然にも、この記事とほぼ同じ日に「この人には、友人や家族やおそらく愛する子供たちがいる。私と同じように。」を考えてもらった格好の事例を見つけました。ある企業のコールセンターが、保留音の代わりに、子供の声で「今から私が世界で一番大好きなお母さんが、対応します」といったアナウンスを流すことで、顧客からの暴言が減ったというニュースです。

韓国のGSカルテックス社は、先月から社会貢献キャンペーンの一環として、コールセンター各社に特殊な「保留音」を提供し始めた。利用者からコールセンタースタッフに繋がるまでの保留時に、子供の音声で「今から私が世界で一番大好きなお母さんが、対応します」や男性の声で「今からうちの誠実な娘が対応します」というアナウンスが流れ続ける。対応するスタッフにも大事な家族がいるということを前もって意識してもらい、感情が高ぶったクレーマーにも一息ついてもらおうと試みた。
――『「殺してやる」韓国のクレーマーが凶悪すぎてコールセンター職員が自殺 企業がとった秘策とは』(ハーバービジネスオンライン)

GSカルテックス社は、この試みと成果を紹介する動画を公開しています。それによれば、この施策の導入によって従業員のストレスレベルは79%から25%と三分の一以下になったとのこと。(興味のある方は、”kind words ringback tone” で検索なさるのがよいかと思います)

よい心理的安全と悪い心理的安全

ところで心理的安全は、Wikipediaが引用している論文によれば「自分のイメージやステータスやキャリアにとってネガティブな帰結につながるかもしれないという心配なく、自分自身を見せられること」 と定義されています。

暴言を吐いていた顧客は「コールセンターのオペレーターには何を言っても大丈夫」と思っていたわけです。ということは、上記の定義に照らすと、ある種の心理的安全を確保していたことになります。これがおかしいとすると、よい心理的安全と悪い心理的安全があるのでしょうか。それとも、企業と顧客はチームではないので、そもそも心理的安全性の概念は通用しないのでしょうか。

企業は顧客からのフィードバックによってより高い価値の商品を提供でき、それは顧客のメリットになって返ってくると考えれば、広い意味ではチームといえるでしょう。企業と顧客がチームとすると、いくら顧客が安心して暴言を吐けても、企業の担当者が病んでしまうようでは「心理的安全」なチームとはいえません。

上述の定義の次に書かれていた『チームメンバーが、受け入れられ、敬意を払われていると感じている』状態という言葉のほうが、心理的安全のよい定義だと感じました。