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コンセプトノート

442. 裁判長の失言

裁判長の失言

最近は「一瞬のうちに次の行動を決める」タイプの意思決定を追いかけています。そのせいか、今朝のこのニュースに興味をひかれました。

 【ソウル共同】韓国のソウル東部地裁の裁判長が公判中、質問に明確に答えない証人の女性(66)にいら立ち「老いたら死ななければ」とつぶやいた(略)。女性は22日の公判に詐欺事件の被害者として出廷。検察側と被告弁護側の尋問で説明を変えるなどしたため、裁判長が自ら質問を始めたが、答えに腹を立て独り言を口にした。しかし声が大きかった上にマイクのスイッチが入っており、法廷じゅうに聞こえたという。(2012/10/26 05:31 【共同通信】)

―― 韓国で裁判長「老いたら死ね」 法廷で暴言 – 47NEWS

憶測は控えますが、証人の態度がよほど腹に据えかねたのでしょうね。自分もそういう状況に遭遇したら、同じ失敗をするかもしれません。そこで、裁判長の失敗から何が学べるかを考えてみたくなりました。

この裁判長の「独り言」をよく反芻してみると、けっこうひねりの効いた悪口であることに気がつきます。

そもそも裁判長が腹を立てたのは、「証人が質問に明確に答えない」ことでした。したがって怒りを素直に発露するならば
A 「質問に答えなさい!」
といった言葉になりそうです。しかし実際に放った言葉は、証人の属性(高齢であること)にひもづけた悪口です。それでも
B 「質問に答えなさい、この○○老人!」
といったシンプルな悪口であれば、激情があふれて考える間もなく言葉にしてしまったのかなと思えます。それに対して
C 「老いたら死ななければ」
は、皮肉癖のある人がTVを見ながらつぶやく言葉やネット掲示板で見かける嘲笑的なコメントに近いものを感じます。解説者モードというか、ちょっと気の利いた皮肉を投げつけてやろうと考えてひねり出した言葉のように感じるということです。

一拍置けばいいというものでもない

わたしも何を隠そう皮肉屋なので、口にすべきでない言葉が浮かんでしまうのは理解できます。しかし皮肉を言うにもすこしは考える時間が必要です。裁判長が激情タイプだったら逆に傷は小さかったかな、いやそれではそもそも裁判官になれなかっただろう……と考えて、ハッとしました。情動のハイジャックを防ぐために「一拍置く」練習をしているわけですが、その一拍が無意識のうちに皮肉を考える時間に使われてしまっては逆効果、まさに皮肉としか言いようがありません。ではどうすればいいのか。

よけいな妄想がふくらむ前に、自分の感情を素直に(ただし妥当な言葉づかいで)表明するのが、良いように思えます。上述の発言AからCまでを比べれば、妄想の少ないAがもっとも問題も少なくなっています。ただしAも命令であるがゆえの問題をはらんでいます。記事からは証人が意図的に質問をはぐらかしている印象を受けますが、もしそうでなく、たとえば単に混乱していたとしたら、相手はより萎縮したり、裁判長の意向に沿うような発言をしたくなるかもしれません。

他者にこうしろと言う代わりに自分の気持ちを言う、いわゆるIメッセージとして述べればどうでしょうか。たとえば

「わたしは、質問に対するあなたの答えが明確でないことにいらだっています」

と言う、ということです。とりあえず自分の感情は吐露できるので気を落ち着けられそうですし、その言葉に対する相手の反応を見て次の言葉を選ぶ余裕ができます。自分の感情を率直に吐露するのは勇気が要りますが、感情は抑え込めるものではないこと、そして抑えきれない感情は余計な思考と結びついて妄想に発展するリスクがあることを、裁判長の失言は教えてくれます。

ここまで考えてきて、以前にメモしたリストを思い出しました。

  • 【事実】 相手も認められる客観的な事柄
  • 【影響】 その事実がおよぼす影響
  • 【気持ち】その影響が引き起こす話し手の気持ち

伝わる話し方の3ステップ(事実・影響・気持ち)*ListFreak

あらためて吟味してみると、よく練られた3ステップですね。裁判長の言葉をこのステップで言い換えてみると、こんな感じでしょうか。

「質問に対して明確な答えをもらえないと【事実】、たしかな判断ができず【影響】、いらだちを感じます【気持ち】」

言葉にすると柔弱な印象も受けますが、裁判長がいらだちを表明すること自体、強いメッセージだとも思えます。まあ裁判の現場で通用するかどうかはともかく、わたしが仕事や生活で直面する状況においてはこの3ヵ条が良さそうです。