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コンセプトノート

411. 相手の意図をさぐる(が、掘り起こさない)

「何を研究されているのですか」

先日聴講したセミナーでの話です。開始前に、隣の方がわたしの胸の名札を見ながら
「堀内さんは、何を研究されているのですか」
と話しかけてきてくれました。わたしよりは二回りほど上でしょうか。フルタイムの仕事からは引退されているような雰囲気の男性です。

研究者の集まりでもないので、何を研究しているのかと聞かれて、少々びっくりしました。わたしはたまたま講師(こちらは学者センセイ)と知り合いで、席に着く前にすこし話をさせいただいていましたので、それをご覧になったのかなと思い、講師との関係などをお話ししました。

すぐにセミナーが始まり、話はそこで途切れました。そして休憩時間に名刺を交換して初めて、謎が解けた気がしました。いただいた名刺には「○○研究所 代表」と書いてあったのです。教育法について独自の研究を続け、引退してから○○研究所と名乗って活動をなさっているとのことでした。

なるほど。だから研究についてたずねられたのか。さっそく相手の研究についてうかがったところ、休憩時間が終わるまで話の途切れることがなかったのは言うまでもありません。

後から、「コミュニケーションの玉ねぎ」というノートに書いた、言動−感情−意図という層構造を思い出しました。

相手の言動だけを捉えるならば
「研究などしていません」
という答えになるかもしれません。しかし状況からして、また相手の表情(つまり感情)からして、会話のきっかけを作ってくれようとした、よき意図からの質問であることは分かります。そこで、いただいた質問に対する直接の答えになっていないことを承知で、話をしました。

ところが相手にはもう一段深い意図(自分の研究について話したい)があったわけです。振り返ると、割にはっきりしたシグナルで、我ながら鈍かったなあと反省しました。

「創造性は遺伝でしょうか」

次に紹介するのは、話者がそれとは意識していないだろう深層の意図まで読んでしまう例です。

私がよく受ける質問に、
「先生、創造性は遺伝でしょうか」
というのがある。(略)私はこの質問に対しては素直に、遺伝が関係しているとか、いないとか答えないで、
「あなた、うまくいっていないんでしょう」
と突っ込んでいく。するとズバリ当たるのである。

(―― 森 政弘『矛盾を活かす超発想』)

この質問者の「意図」は分かりますか?続く段落も引用します。

 それは、われわれ人間一般は、うまくいっているときには遺伝のせいだなどという発想はしないものだからである。試験で百点がとれたときに(略)たいていは、自分の頭がいいからだとか、自分が一生懸命に勉強したからだとか思うものである。そのくせ、四十点しかとれなくなると、遺伝のせいかなと考え出すのである。

(―― 同前)

耳の痛い指摘です。たしかに、われわれは難しい学びにぶつかると、教材、講師、環境などなど、なんとかして自分以外の何かに「それができない理由」を求めてしまいがちです。

探るが掘り起こさず、掘り起こしてもらう

相手の意図を読めたとしても、それを言語化するのは本人に委ねるべきでしょう。冒頭の例でいえば「はいはい、研究の話に持っていきたいわけね」などと言っても、おたがいの益になるとは思えません。

まして無意識の意図まで引っ張り出して指摘するのは賢明ではないでしょう。意識していないということは、本人にとって言語化されたくない意図かもしれません。それに、しょせんは他人による推察にすぎません。もし読みが外れていたら、失う信頼も大きなものになります。森先生の事例は、先生と生徒という関係性や先生のお人柄によって、互いの信頼があったのだと思います。

相手の意図をいくら読んでも、しょせんは推察。こちらから言語化してみせるべきでもない。とすれば、過剰に探りを入れるよりは、こまめに言語化してもらう(こちらからは、意図をこまめに言語化していく)のがよいのではないでしょうか。「相手の意図は、探るが掘り起こさず、掘り起こしてもらう」くらいの感じがよいのではないかと思います。

たいがいの場合は「と言いますと……」などと言って意図が分からないメッセージを送れば、相手の方から補足をしてくれます。

冒頭の例でいえば、わたしは「エッ(研究)?」という情動のシグナルを受け取っていました。結果的にはそれを無視してしまったわけですが、もしそこで相手の意図をつかむために「えっ、研究ですか……」と一拍置けば、おそらくは「ああ、これは失礼、実は自分がこういう研究をしているもので……」などと、意図を補足してくれたのではないかと思います。何しろ向こうから話しかけてきてくれたわけですから。

森先生の例でいえば、質問に対して「何か、そう思ったきっかけでもあるの?」など、意図をたしかめる問いを返したらどうなるでしょうか。きっと「いや、最近研究がうまくいっていないので……」などと、深層にある意図に向かって話が深まっていくように思います。