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コンセプトノート

576. 直感に頼れること・頼れないこと

こころ的には……

ニコラス・エプリー『人の心は読めるか?』(早川書房、2015年)を読みました。タイトルやメガネをあしらった表紙が安手の読心術本を想起させますが、きちんとした内容でした。著者はシカゴ大学ブース・ビジネススクール教授です。

原題は”Mindwise”。~wiseは「~的には」という感じで使われる接尾辞なので「こころ的には」という感じでしょうか。しかし前に付いているのがmindだけに、 wiseつまり「賢さ」のニュアンスも感じられる上手な、しかし訳者泣かせのタイトルです。

人が他人の心を理解しようとするとき、どんな能力をどのように発揮しているのか。その力のすばらしさと限界はどこにあるか。そんなテーマについて、社会科学的な知見を織り交ぜながら幅広くわかりやすく解説してくれます。

他人の思考・信念・感情・欲望などは、直接聞いてみないかぎりわかりません。ただし、聞いても正直に答えてくれるとはかぎらないし、正直に答えてもらってもそれが正しいとも限りません。なぜなら、人は自分の心を正確に読み取れていないからです。

となると、人は推測や直感に頼って他人の感情を推し量ることになります。その直感の一つの類型であるステレオタイプについて、章が一つ割かれていました。ステレオタイプとは「集団独自の特徴に対するイメージ」と説明されています。

直感は方向を正しく捉えるが、程度は当てにならない

たとえば、貧しい人と豊かな人ではどちらが富の公平な配分を望むか?女性と男性ではどうか?アメリカにおけるリベラル派(民主党支持者)と保守派(共和党支持者)では?多くの人が前者(貧しい人、女性、リベラル派)と回答し、その回答は実際の調査結果と合っています。ただし正しいのはそこまでで、ステレオタイプは『違いの程度を予測する上では、全く役に立たないとわかっている』と著者は述べています。

リベラル派対保守派についての調査結果では、リベラル派で富の公平な配分を望む率をX%とすると、保守派のそれはX-35%に過ぎないだろうというのが回答者の平均でした。しかし実際の結果は、わずか3.5%だったとのこと。

他の章で紹介されていた実験によれば、人は属しているグループ全体から自分がどう評価されているかを正しく予測できるそうです。たとえば「自分はグループの皆から切れ者と思われているだろう」と思うとき、それはわりあい合っているのです。しかしどの程度強くそう思われているか、誰からそう思われているかについては、当てずっぽうの域を出なかったそうです。

こういった例が積み重ねられ、人の直感(本書では第六感と訳されています)の限界が明らかになっていきます。人は他人の思考や感情を大まかに感じ取ることはできるのですが、その強さや理由についての推測は、ほとんど当てずっぽうです。

それはなぜか。最終章から引用すると『相手を、ありのままに細かく見るのではなく、自分と同一視したり、相手が属する集団の他のメンバーと同一視したり、相手の行動だけを見て判断したりしてしまう』からです。

直感はコンパス(としては有用だが、それ以上のものではない)

ちょうど今週、感情的知能理論(EI理論)のおさらいをしていたこともあり、EI理論との類似性が印象に残りました。EI理論では、情動を情報と見なします。それは良くも悪くも情報に過ぎないので、情動に突き動かされるままに行動しても社会的な成功は望めません。情動が生じた原因や帰結を推測するなどして、知的活動に組み入れて行動を選ぶのが感情的知能を働かせるということです。

人の心を読もうとしてわれわれの心に浮かんでくる答えも、似たような枠組みで扱えばよいのでしょう。いわばコンパスとして活用するものの、目的地に着くためにはできるだけ地図を手に入れる(=客観的な情報も集める)べき、ということです。