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コンセプトノート

575. 「象」の声を聞く

気が散った!

未来のイノベーターはどう育つのか』等で知られる教育者トニー・ワグナーの「遊び、情熱、目的」というスピーチの動画を観ていました。聴衆である教育者たちに新しい教育のあり方を説く15分間弱のスピーチです。すばらしい内容と語り口にすぐに引き込まれていたのですが、最後の一番感動的な部分にさしかかる直前にすーっと気が散ってしまい、聴衆の拍手でハッと我に返りました。

なぜ、これほど面白い話を聞きながら気が散ることができてしまうのか。自分の気の散りやすさにあきれながら思い出したのは、次のリストです。瞑想指導者のラリー・ローゼンバーグが日常生活の中でマインドフルネスを実践するためのコツをまとめたものです。

  1. できれば、一度にひとつのことしかしないこと。
  2. 自分がしていることに充分な注意を払うこと
  3. していることから心がふらふら離れていったら、心を連れ戻すこと
  4. 第三ステップを何万回、何億回と繰り返すこと
  5. 気が散ってしまうプロセスを調べること

気づきの修行のコツ*ListFreak

気が散った直後にそれを気づけたので、「気が散ってしまうプロセスを調べる」チャンスと思い、何がきっかけでどう気が散ったのかを思いだし、メモしてみました。

意識的な集中が、無意識の関心を呼び起こす

気が散ったきっかけは、ワグナー氏が終盤で語った次の言葉でした。

教える側のわれわれも、すすんでリスクを取らねばならない。すすんで失敗から学ばねばならない。
(We have to, in our teaching, be willing to take risks. Be willing to learn from mistakes. )

振り返ってみると、この「リスク」という言葉から思考がすーっとさまよい出しました。あえて言語化してみると、こんな感じです:
「『そのとおり!リスクを取らねば!』 → リスク → ひとりカンパニー → 例の協業の打診 → 『引き受けようか、どうしようかな……』」

「例の顧問の打診」というのは、動画を観た日の前の月にいただいた件でした。知人から、新しい事業を手伝ってくれないか、できれば顧問に名を連ねて本格的に、という相談を受けていたのです。

いちおう自分なりには答えを出していたつもりですが、こうやってふとしたきっかけで思考が舞い戻ってしまうということは、心底納得できていなかったのでしょう。スピーチに集中し、話の内容を我がこととして聞いていたからこそ、ある言葉で自分の隠れた関心が揺さぶられ、その結果気が散ったように思います。これは、スピーチをぼんやり見ていて心にあれこれ浮かんでくる思いとはすこし質が違うように感じられるので、また別の機会に検討しようと思います。

以前、「人=象に乗った猿」というノートで、人間の意識構造を象使いと象にたとえたモデルを紹介しました。象使いは「意識的で制御された思考」。象はその他すべて、つまり「直感や内臓反応、情動、勘などを含む自動化システム」です。

ワグナー氏のスピーチを観ていたとき、意識はスピーチに向かっていたのであって、「例の協業の打診」を思い浮かべようとしていたわけではありません。したがってそれを割り込ませてきたのは、象使いではなく象のはず。

象使いは象の興味を直接知ることはできません。しかし、一つのことに集中し、それでも気が散る瞬間を観察することで、間接的に知ることはできそうです。ローゼンバーグ氏のリストを読み返してみても、日常生活ですべきは「瞑想をすること」ではなく「一度にひとつのことしかしないこと」です。

「象」の声を聞く

ローゼンバーグのリストにしたがい、わたしの気を散らせた「例の協業の打診」について再度考えてみました。「リスク」という言葉からの連想によってこの件が浮かんできたからには、それなりの理由があるはずです。そこでリスクを中心に考えてみました。

顧問契約を結べば経営上のリスクは減らせます。一方でその契約に制約されるリスクが発生します。なぜリスクを負ってひとりカンパニーを10年以上も続けているのか、わが社にとってもっとも避けたいリスクは何か……。

そんなことを考えた結果、自分にとってより納得できそうな対抗提案を思いつくことができました。

「象」のタスクリストを作る

すっきりしたところで、くだんのスピーチをもう一度見直してみることにしました。今度は集中して観おおせました……と書いてノートを終えるつもりで。

ところが、悩ましくも面白いことに、別の箇所で別の思いが浮かんでしまうのです。それも前回より多く。来週訪問するお客様の件、先週の講義のちょっとした失敗などなど。内容をすでに知っているせいで初回より情報処理の負担が減り、さらに気が散りやすくなったのかもしれません。

そこでメモを手元に置いて動画を観ながら、気が散ったところで動画を止め、秒数と気が散った内容をメモしていきました。言ってみれば「象」のタスクリストのできあがりです。

仕事中に気が散ったところでその内容を書き出すというのは「ポアソンの習慣」と似ていますが、違いもあります。ポアソンの習慣で作るリストには、目の前の仕事から逃避するために思いつくこともけっこう多く含まれます。一方、興味のある動画を観ているのに浮かんでくる思いには、逃避的な要素はありません。また向こうから言葉がどんどん飛び込んでくるので、どんな言葉に反応してどう気が散ったのかまでこまかく捕まえられれば、自分の意識下の関心事項をよく観察できそうにも思います。