風が吹けば桶屋が儲かる。計画運休が普及すれば……?
先日、ある機器のメンテナンスサービスをやっている会社の部長塾に登壇しました。半年間にわたるプログラムの初回ということで、社長による30分間の講話から始まります。
枕は、前日に首都圏を通過した台風です。鉄道各社は前日から計画運休をした。おそらく今後も続けられるだろう。すると何が変わるのだろうかと思った……といった、独り言めいた雑談でした。
ただ、その後のお話の展開を踏まえて振り返ると、その雑談は「予兆を捉える」という社長の日々の実践事例であることが察せられました。
鉄道が1年に数日計画運休をしても、その会社のビジネスにはまったく影響がないでしょう。ただ、これまでは危険が顕在化して初めて仕方なく運休していた鉄道が、事前に計画的に運休するようになった。今回は、それでも出社する必要がある人々が駅に溢れたが、これも変わっていくだろう。プレミアムフライデーのような国の旗振りでは変わらなかった労働観は、防災意識の高まりで変わるのかもしれない……。たとえばそう考えていくと、人々の仕事に対する意識の変化の兆しを読み取ることができるかもしれません。
社長の「何が変わるのだろうか」というつぶやきは、単に「わが社も遠隔勤務を促進しなければ」といった近未来かつ自社に閉じた話ではなく、「世の中はどう動いていくのか、それは自社の事業にどう影響を与えるのか」という射程を持っていたように感じました。
実務家は理念のメガネをかけて事象を観察している
未来予測は、多くの事象を観察するところから始まります。未来学者エイミー・ウェブは『シグナル:未来学者が教える予測の技術』(ダイヤモンド社、2017年)で未来予測の6ステップを定義しています。おおむね「特異点の探索 → パターンの発見 → トレンドの見極め → タイミングの予測 → 戦略立案 → 計画の検証」という流れです。
社長の連想も未来予測です。ただし実務家の未来予測には、学者の未来予測にないステップがあります。
それはステップゼロとでもいうべき「視点の設定」です。社長は本題に入るとすぐに企業理念のスライドを掲げました。先代の社長が定義したというその文言を、社長は磨き続けています。磨くとはどういうことか。たとえば理念に「やさしさ」のような抽象的な言葉があるとすると、それは「誰に対して」「どのような価値を提供することなのか」を分解して端的にまとめ、共有を図っているのです。
われわれの日々の活動は、さかのぼればこの理念に沿うものでなければならない。熱意をこめてそう語る社長ですから、計画運休のニュースも「計画運休が象徴する世の中の変化は、わが社の理念追求にとって追い風となるのか?それとも……?」という視点から読んだことでしょう。学問的な未来予測が衛星の視点で気候変動のモデリングをするようなものだとすれば、実務家の未来予測は大地に立って天を見上げる農家の視点で作物の出来を予測するようなものです。
……
部長塾も午後に入ったところで、雑談がてら「朝の社長の講話、冒頭の雑談は深かったですね……」といってわたしの解釈を話してみたら、うなづきも少数あったものの、総じてポカンとされてしまいました。もしかしたら純然たる雑談だったのを、教訓を引き出したいばかりに教訓イヤホンをかけて聞いていたのかもしれません。