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コンセプトノート

351. 怒ったら、怒らないこと

怒りを観ることができれば、怒りは静まる

怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉』という新書が、16万部だか30万部だかの大ヒットになっているそうです。わたしもようやく読みました。「怒ったら、怒らないこと」というタイトルは書中の見出しでもありますし、この本のひと言要約でもあります。

最古の仏典の一つで、ブッダの語った言葉がそのまま収められていると言われている『ブッダのことば―スッタニパータ』も、怒りへの対処から始まっているとのこと。著者の注釈付きの引用を孫引きします。

「蛇の毒が(身体のすみずみに)ひろがるのを薬で制するように、怒りが起ったのを制する修行者(比丘)は、この世とかの世(スマナサーラ註。この世とあの世、いわゆる輪廻のこと)とをともに捨て去る。―― 蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである」

中村元訳『ブッダのことば』岩波文庫より

蛇のたとえは覚えています。ブッダの話には平易なたとえが多かったのを思い出しました(これが「怒り」についての話だったことは忘れていましたが……)。

蛇の毒は薬で制するわけですが、怒りを制する薬は何か。上記の文章から離れた場所に「怒りを観られた瞬間、怒りは消える」という項があります。ここで著者はヴィパッサナー瞑想、俗に「気づきの瞑想」といわれる瞑想法について書いています。

怒りが生まれたら、「あっ、怒りだ。怒りだ。これは怒りの感情だ」とすぐ自分を観てください。怒りそのものを観察し、勉強してみてください。(略)
 最初は、「人が何か言うと、すぐに怒ってしまう」というところまでは仕方がありません。でも、それからも延々と人の言葉に振り回されるのではなく、怒った瞬間に「これは怒りだ。怒りだ」と観てください。
 そうすると、怒りは生まれたその瞬間で消えてしまうはずです。消えてしまったら、心は次の瞬間を感じようとすることができます。

サラッと書いてありますが、もちろん簡単にできることではありません。上のブッダの言葉によれば、怒りを制することができる修行者は輪廻を捨て去るそうです。これは悟りを開くということです。怒りを制することはそれほどまでに難しいのです。

 しかし一方で、感情(情動)を言葉にする(ラベリングする)ことができればそれだけで感情が鎮まる(扁桃体という、情動の処理を行っている脳の部位の反応が小さくなる)という実験もあります(「6秒間で思慮深さを取り戻す」)。

一拍置いて「情動のハイジャック」を免れる

見出しの「情動のハイジャック」という言葉は、ダニエル・ゴールマンが『EQ こころの知能指数』の中で使って有名になった言葉です。昨日も「情動のハイジャック」を受けそうになりました。

一緒に仕事をしたことのあるA社の営業Bさんから、Xという会社向けに2日間の研修プログラムを設計・実施できないかという電話をいただきました。費用はこれからX社と詰めると言いつつ「ところで以前C(別の営業の方)がお願いしたY社の案件はいくらでお引き受けくださったのでしたっけ」と聞いてきます。

いやな予感がしました。Bさんとは当社の標準的な価格(1日あたり100円としておきましょう)で仕事をしていますが、Y社の案件ではCさんがとてもお困りのようでしたので80円にディスカウントしてお引き受けした経緯があります。この数字が前例になってしまうと困るなと思いつつ、お答え申し上げました。

数時間後にまた電話をいただきました。案の定、X社の予算を鑑みて1日80円、総額160円でお願いできないかとの話。Y社の数字そのままのご提案に、善意が徒(あだ)となったという失望や怒りが渦巻いてしまいました。やっぱり一度値引きに応じるとロクなことはない、この案件は断ろう、そう思いつつ「当社の希望額とは異なるが、うまいやり方がないかどうか考えて連絡する」といって保留し、電話を切りました。

冷静になってよく考えてみました。A社はこれからもお付き合いしたい企業だ。Bさんは普段はあざとい交渉をする人ではない。X社は本当に予算が厳しいのかもしれない。80円は当社の希望価格とは違うものの、採算が合わないような額ではない。Bさんがいの一番にわたしにご相談をくださった事実には謝意を表すべきだ……。たとえ断るにせよ、一拍置いて良かったと、しみじみ感じました。

感情の整理が付いたところで実現のオプションを考えて、ひとつの選択肢を思いつきました。具体的な内容は省略しますが、設計・実施の一部でA社の資源をお借りする代わりに1日目を60円、2日目を100円でお引き受けするというアイディアです。これであれば、総額は変わりませんし、当社も値引き受注を名実共に免れられます。

2回目の電話を切ってから、ここまで来るのに20分くらいかかったでしょうか。早速メールを書いて(電話ではまだ感情が出てしまいそうだったので)このアイディアを伝え、合意に達することができました。