リーダー向けトレーニングのテーマの多くは、組織変革です。組織は個人の集まりなので、組織の変革には個人の変革が欠かせません。変革とは成長を伴うものですから、リーダーは個人の成長を促す必要があります。
『なぜ人と組織は変われないのか』の著者ロバート・キーガンは、組織のリーダーが取るべき行動を7つ挙げています。今回はこれをなぞりながら、大人の学びについて考えてみます。
- 人間が思春期以降も成長できるという前提に立つ。人は大人になってからも成長し続けるべきだと考える。
- 技術的な学習課題と適応を要する学習課題の違いを理解する。
- 誰もが成長への欲求を内面にいだいていることを認識し、その欲求をはぐくむ。
- 思考様式を変えるには時間がかかり、変化がいつも均一なペースで進むとは限らないことを理解する。
- 思考様式が思考と感情の両方を形づくることを理解し、思考様式を変えるためには「頭脳」と「ハート」の両方にはたらきかける必要があると認識する。
- 思考様式と行動のいずれか一方を変えるだけでは変革を実現できないと理解する。思考様式の変革が行動の変革を促進し、行動の変革が思考様式の変革を促進するのだと認識する。
- 思考様式の変革にはリスクがついて回ると理解し、メンバーがそういう行動に乗り出せるように安全な場を用意する。
発達志向のリーダーが取るべき七つの行動 – *ListFreak
1. 大人になっても成長できるという前提に立つ
研修では幅広い年齢層の方々とご一緒しますが、ことによると30歳後半の方でも、謙遜か本音か、「もう頭が固いので……」とおっしゃいます。
暗記力や集中力など、いわゆる流動性知能の低下をもって「頭が固くなった」というのであれば、たしかにそうかもしれません。しかし結晶性知能のピークは60代といわれていますし、人間の「成長」を測るものさしは知能というよりは知性という言葉が妥当なように思います。田坂広志は両者の違いをこう述べています。
すなわち、「知能」とは、
「答えの在る問い」に対して、いち早く答えを見い出す能力のこと。
これに対して、「知性」とは、
「答えの無い問い」に対して、その問いを、問い続ける能力のこと。
―― 「田坂塾 – 第4講 知性を磨く」(田坂広志公式サイト)
本書には、次のような印象深い言葉がありました。
大人の学習は「将来の旅に向けた準備」ではなく、あくまでも「旅のプロセスそのもの」なのだ。
2. 適切な学習方法を採用する
リーダーシップ論の研究者ロナルド・ハイフェッツは、人が直面する課題を「技術的な課題」と「適応を要する課題」に分けています。「適応を要する課題」とは思考様式(マインドセット)の変容が必要な課題。
個人的に最も響いたのは次の文章でした。本書のタイトル『なぜ人と組織は変われないのか』についての答えに最も近いのは、ここのように感じています。
ハイフェッツに言わせれば、リーダーが犯す最も大きな過ちは、適応を要する課題を解決したいときに技術的手段を用いてしまうことだ。適応を要する課題に立ち向かっているのに、その課題が技術的な課題だと「誤診」し、目指している変化を起こせないケースがしばしばある。適応を要する課題を解決したければ、適応型の(つまり技術的でない)方法を見いださなくてはならない。
組織変革を志すリーダーにとって最初の(そしておそらくもっとも困難な)課題は、自分の「適応を要する課題」を解決することでしょう。これは自分の怖れなど、変化を阻んでいるものを探し出す作業が含まれます。「学習」という言葉のイメージからは遠いように感じられますが、言ってみれば「自分について学ぶ」ということでしょう。
3. 誰もが内に秘めている成長への欲求をはぐくむ
ここは原著では intrinsic motivation、つまり「内発的動機づけ」です。本サイトではそれなりに時間をかけて考えてきているテーマ(リンク)なので、今回は省略。
4. 本当の変革には時間がかかることを覚悟する
ここも強く共感したところです。適応を要する学習課題を特定し、学んでいくには時間がかかります。「時間がかかる」というと「期間が長い」だけのように思えますが、変化が生じるタイミングもまちまちなら、変化の量もまちまちです。
組織変革を導く立場からこれを考えると、どういう手を打てばどういう効果がいつ得られるのか読みづらいということです。そう考えると、理念の唱和とか解釈などを日常的に行う、一見するとルーチンにすぎない営みの隠れた合理性が見えてくるようにも思います。
5. 感情が重要な役割を担っていることを認識する
ひとたび「適応を要する課題」の存在を認めるならば、感情の重要性もクローズアップされてきます。ここも本サイトの重点研究テーマですので今回は割愛します。
6. 考え方と行動のどちらも変えるべきだと理解する
当たり前のようですが重要な要素です。率直なコミュニケーションが重要だと深く納得することと、実際に声を出してあいさつをすることは別の挑戦です。両者はフィードバックサイクルを形成しているので、うまくかみ合わせながら学んでいかねばなりません。
7. メンバーにとって安全な場を用意する
心理的安全については最近採り上げました(リンク)。印象的だったのは、「試練と支援の組み合わせが必要」というくだりでした。
ここで言う試練とは、いまいだいている世界認識の限界を思い知らされるような「よい問題」を突きつけられること。支援とは、それまで思っていたほど自分自身と世界のことを知っているわけではなかったと気づいて不安がこみ上げてきたとき、それに押しつぶされないように支えてもらえること。
1. で見たように、大人の学習は「旅のプロセスそのもの」であり、学習は実務に埋め込まれています。それを考えると、クラスルームだけでなく職場環境においてこそ、支援が必要なのだと思います。
以上、どれも甲乙付けがたく重要な行動です。
変化が速く、社会人寿命が長くなっていくこれからは、ますます「学習が仕事の一部になる」に違いありません。表面的・短期的には売上に貢献せず、また失敗のリスクもある学習という仕事を、どうやって今の仕事に組み込んでいくか。組織においても個人においても、これから考えてみたいテーマです。