先延ばしグセは寿命を縮める?
高血圧あるいは心血管疾患(心臓・血管の病気)の患者には「先延ばし屋」が多いという研究が発表されたそうです(1)。元の論文に当たれなかったので、その研究を紹介している記事に寄りかかって簡単に紹介しましょう(2)。
まず、先延ばしグセがそれらの病気を招くのか、逆に病気が先延ばしグセを誘発するのか。先延ばしの度合いが性格特性、つまり生得的な性質を測るテストで測定されていることから、研究者は前者の立場で仮説を立てていたと考えられます。
先延ばしが原因だとして、どのようなメカニズムで病気という結果に至るのか。記事では、先延ばしそのものがストレスであるうえに、先延ばし屋は検診も先送りにしがちなので予防的な治療が難しいのだろうと書かれています。
この解釈を敷衍していくと、先延ばし屋は短命ということになってしまいそうです。他のすべては先に延ばしているのに、死だけは先に延ばせないどころか早く引き寄せてしまう……本当だとしたら、皮肉な話です。
先延ばしを「悪魔に寿命を売って『後でやる』という権利を手に入れる行為」とみなせば、すこしは先延ばしを防げるかもしれません。しかしもう少し確実な方法があるようです。
未来を現在につなげることがポイント
先延ばししてきたことに取りかかるのはいつか。もちろん、いよいよ先に延ばせなくなった時点です。つまり「今」です。今やらなければまったくやらなかったのと同じになってしまうという切迫感が先延ばし屋を行動へと駆り立てます。このあたりのメカニズムは我がことでもあるのですらすら書けてしまいます。
とするならば、未来の予定を現在に引き寄せ、あたかもすでに始まっているかのように自分に思い込ませられれば、早く着手できるはず。ミシガン大学と南カリフォルニア大学の研究者は、ちょっとしたコツで未来を引き寄せられることを実証しています(3)。
それは、未来の予定を通常より細かい時間の単位で考えること。2日後でなく48時間後、3ヶ月後でなく90日後ということです。
われわれは、その効果を経験的に理解しています。映画が「2日間」でなく「48時間」、「4日間」でなく「96時間」と題されるのは、期限への切迫感、期限に至る過程の濃密感をより強く訴えられるからでしょう。
実験では、もっと長いスパンについても同じ効果が発揮されることを確かめています。若い被験者を2群に分け、リタイヤメントへの備えをいつ始めるべきかを考えてもらいました。違いは、その予定が訪れる日を「40年後」と伝えるか「14600日後」と伝えるかということだけです。
14600日後では数が大きすぎて切迫感に欠ける気もしますが、40年後と言われた群と比較してみると、なんと4倍も早く準備を始めるべきと答えたとのこと。この研究論文の著者の一人である南カリフォルニア大学の Daphna Oyserman 博士は次のように述べています(4)。
我々がこれらの研究から学んだのは、簡単に言えばこういうことです:
「未来が差し迫ってきていると感じなければ、たとえそれが重要であっても、人は行動しようとしない」
「しかない」化する
なぜ40(年後)よりも直感的に把握しづらい数字である14600(日後)のほうが切迫感があるのか。まったくの憶測ですが、人は絶対量の大小よりも変化の大小に敏感なせいではないかと思います(5)。
40年のカウンタは1年に1しか減りませんが、14600日のカウンタは1日に1ずつ減っていきます。14600という大きさにはピンとこなくても、職業人生の残り時間が砂時計のように日に日に減っていく様子はリアルに感じられます。国の債務が膨張していく様子を1円単位でリアルタイムに示すサイトがありますが、あれもやはり人の「変化への敏感さ」に訴えているように思います。
先日、家人に花見に誘われました。面倒だったので今年はパス……と言いかけたところで、その数日前に伯母が言っていたのを思い出しました。
「花見もせいぜい80回。わたしはあと10回かしら」
これも1[生]を80[年]という小さい時間単位で表現した例といえるのではないでしょうか。結局、残り数十回「しかない」機会なら行こうかなということで、半日ほど使って近所の桜を見て回りました。考えてみれば、夫婦揃って満開の桜の下を歩ける機会となると、実はそんなに多くないかもしれません。1年後に先延ばししなくてよかったと思いました。
要するに、現在は未来につながっていることが実感できればよいわけです。引退まで14600日、人生30000日、花見80回。いずれも、現在が未来につながっており、残りは○○だけ「しかない」と自分に感じさせる工夫です。
わたしはこういった工夫を個人的に「しかない」化/シカナイズ/シカナイゼーションと呼んでいます。先日の余命3年プロジェクトもシカナイゼーションの一つです。実のところ余命36ヶ月/1095日というシミュレーションもしてみましたが、あまりリアルすぎるのも目的に合わないのでこれは3でやっています。
(1) Sirois, F. M. (2015). Is procrastination a vulnerability factor for hypertension and cardiovascular disease? Testing an extension of the procrastination–health model. Journal of Behavioral Medicine, 38(3), 578-589.
(2) “Better Get to Work: Procrastination May Harm Heart Health“(Association for Psychological Science)
(3) Lewis, N. A., & Oyserman, D. (2015). When Does the Future Begin? Time Metrics Matter, Connecting Present and Future Selves. Psychological Science, In press.
(4) “The future is now: reining in procrastination“(USC News)
(5) 第3の群に対して40.000年といった表現で引退までの時間を伝えることで、この仮説を確かめることができそうです。あまりなじみのない表現なので、数日間は残り39.997年、39.995年……といったように変化を実感してもらうための準備をすべきかもしれません。